サッカー観戦記&コラム2007

2008年1月 4日 (金)

オシム・ジャパンを殺したもの

宇都宮徹壱氏のコラムを読んで、思うこと。
http://footballdog.at.webry.info/200712/article_1.html

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2007年11月14日 (水)

九州電力はアビスパ福岡を潰したいようだ。小林伸二解任について

九州電力からやってきた出向社長、都筑興は無能である。無能でも何もしないのならば、害はないが、暴君・川淵三郎化し暴走を始めたことにより、非常に有害な人物になってしまった。
おそらく九州電力は、無能な社員の厄介払いで、アビスパに押しつけたのだろう。もしくは「意図的にアビスパをなくすために行動している」というのならば、都筑興は非常に有能だ。
・2006シーズンは、J1昇格の立役者であり有能な松田監督を切り、無能で有害な長谷川治久を選んだ。(結局、長谷川はさらにチームを弱体化し、無駄な金を使っただけで、社長はシーズン終了直前に解任することになる)

・2007シーズン、小林強化部長の意向を無視しリティを監督に就任させる。(売り込みにきたリティを「知名度があり集客につながるだろう」という理由のようだ。川淵の「ジーコには聞いたのか?」とよく似ている)リティはアビスパの経済状況も考慮せず、金だけがかかる補強を要求。アビスパにレッズ並の資金力があれば何とかなったかもしれない。しかし貧乏クラブでは非常に厳しかった。その中で監督の要望を聞いて、ホベルトを切ってチェッコリを獲得し、リティが不要と判断した金古や古賀誠史を切って、柏から長谷川を獲ってきたりと、小林部長なりに要望に応えてきた。だが、リティにはJ2で、4~6位の戦力を持っているアビスパでは昇格させることができないことは今シーズンではっきり分かった。おそらく小林氏はリティを切って新監督を登用することを進言したのだろう。だが社長はダメ監督を選び九州各地の高校や西のJクラブにも大きなつてがある小林氏を切った。

あくまで都筑社長が、「アビスパに良かれと思って動いている」という前提だが、彼には社長の器はない。それは側近(強化部長、監督など)の選び方が間違っているからだ。

塩野七生氏のマキアヴェッリ語録の名文(君主論より)が彼がいかに無能かを明白に語っているので、長いがまるごと抜粋する。(「君主」を「社長」、「側近」を「強化部長や監督」に置き換えて読んでください)

*側近に誰を選ぶかは、君主にとって軽々しく考えてよいことではまったくない。
君主が思慮深いかそうでないかによって、優れた人材が登用されるされることになったり、無能な側近に化もまれることになったりするからである。
したがって、側近にどのような人を選ぶかは、君主としての能力を計る格好な材料になる。
側近が有能であり誠実であれば、それを選んだ君主は賢明な人と言うことができよう。なぜなら、人間というものを熟知しており、その人間の能力を活用することを知っている証拠だからである。
だが、もしもこれが反対のケースとなると、その君主は、力量を疑われても仕方がない。なぜなら側近の選択という最も初歩的なことにおいて、誤りを犯したことになるからである。

人間の頭脳には三つの種類があることを覚えておくべきであろう。
第一の頭脳は、自力で理解できるもの
第二のそれは、他者が理解したことを鑑別できるたぐいのもの
第三は、自力でも理解できず、かといって他者が理解したものへの鑑別能力もないもの
第一の頭脳が最も優れ、第二の頭脳がそれにつづき、第三の頭脳は、無能の「能」を「脳」に代えてもかまわないほどと言ってよいだろう。
だが、第一の頭脳が最も少ないのが現実である以上、側近の選択の良否は、人の上に立つ者にとって重要このうえもないことになるのである。

田部氏はリティのリクエストによるものだろう。彼が、どんな能力(無能か有能かは分からない。あまりいい噂をネットでは見ないが)だが、アビスパの資金力・経済状態を見れば、今西氏や祖母外氏などの有能なGMが就任したとしても、リティの要求に応えられる訳がない。(今のリティの能力であればレッズかガンバと同等の戦力でなければ、J1昇格できないだろう)。力のある選手を獲るには金がかかるのだ。もしかしたらピッコリ時代末期のように借金しまくって、ベテラン選手を獲ってくるつもりなのだろうか。

もし九州電力が本当にアビスパをつぶしたくないのであれば、無能で有害な都筑社長は、九電にお引き取り願いたい。もし潰したいのなら、まともな企業にアビスパを譲って欲しい。
今のアビスパ混乱の最大の問題は都筑社長だが、その最大の要因・構造的欠陥は第三セクター方式によるクラブ運営にあることは間違いない。サッカーの神は七社会と福岡市役所運営のクラブを潰そうとしているのかもしれないが...。

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2007年9月17日 (月)

見事に失敗したリティの3-4-3

ヴェルディ 2-0 アビスパ

ヴェルディ
     フッキ
飯尾     ディエゴ       廣山
     佐藤   菅原
服部 富澤  萩村  海本
      GK高木

アビスパ

 アレ  リンコン 長谷川
久藤 布部  城後  田中
   チェコ  亨  長野
     GK神山

控え:GK六反、川島、宮崎、恭平、鈴木

守備時
     アレ  リンコン  長谷川

      布部     城後
久藤 チェコ 亨 長野  田中
     GK神山

2点目取られてから

       リンコン 長谷川
          アレックス
久藤                     田中
       布部   城後
   チェコ  亨   長野
       GK神山

審判:小川 直仁

リティは新システム3-4-3を導入する。3-4-3といえばアヤックスだが、
その絶頂だった時はやはり94-95シーズンにヨーロッパの頂点を獲った時だろう。
(クライフの時代は全く知りません)

その時は
              カヌ
オフェルマルス                Fジョージ
               リトマネン
  セードルフ         Rデブール
              ライカールト
Fデブール   ブリント  レイジハー
           GKファンデルサール

のシステムだった。多彩なパス回しと両ウィングの攻撃力、リトマネンの創造性、そしてライカールトの高い能力(もちろんその他の選手の能力も非常に高かった)、各選手のポリバレンス性、それがあの攻撃力を生み出していたと思う。
非常に攻撃的だが日本人では難しいと思われたシステムだ。個人的にはJリーグでこの「3-4-3」で成功したチームはないと記憶している。広島でヤンセンが導入したが成功せずに終わったことが今でも印象深い。

3-4-3のシステムを見た瞬間に嫌な悪寒がしたのだが、試合が進むにつれて機能しないことがはっきりしていった。(もちろんかなりの暑さのため、前半は迎え気味に行ったこともあるだろうが)
まず攻撃面では、右サイドは長谷川&田中、左サイドはアレ&久藤のコンビで崩そうという狙いがあったのだろうが、全くサイド攻撃が機能しない。
長谷川はよく動いていたが、田中ほどのスピードがないためにサイド突破がなくなった。また長谷川が蓋をしてるために田中の特長(スピードに乗った縦への突破)も消えてしまった。
さらにポジショニングが左サイド重視となっていたため、機動力や神出鬼没なフリーマンとしてのアレックスの特長も消えてしまった。さらに左サイドに活動範囲を狭められたため久藤(この日の出来は良くなかったが)のゲームメイク能力も消えてしまった。このシーズン、アビスパの高い攻撃能力を支えていた、これらの武器を見事に消してしまったのだ。(数少ないチャンスは田中や久藤が上がっていった時に作っていたと思う。ただし守備のタスクが多かったため、その機会は数少ないものになっていた)
一方、ディフェンス時には久藤と田中がDFラインに入るため5バック状態に変わる。そしてバイタルは布部&城後がカバーする。5-2-3という状態ができあがるため中盤でのこぼれ球が拾いにくくなり波状攻撃を受けやすい。またリンコン&アレックス&長谷川の3トップは純粋に縦へ突破するスピードが不足しているためカウンターも迫力不足になる。
新聞では超攻撃的なシステムと書いてあったようだが、スタジアムで見る限り3バックのカミカゼシステムの修正版としか見えなかった。カミカゼシステムは両サイドの裏を突かれCBが引っ張り出されることによりディフェンスが破綻し機能しなくなった。そのため、この修正版ではCBが引っ張りだされないように5バックにしたが、それは攻撃の機能不全を呼ぶことでしかなかったと思う。この3-4-3はアヤックスのような攻撃的なシステムではなくかなり守備的なシステムでしかなかった。またしてもリティはベストバランスを見つけることはできなかった。おそらくシーズン終盤まで、リティはベストバランスを見つけることが出来ずにシーズンを終えるだろう。その迷宮に入った最も大きな原因はやはりホベルトを切ったことだ。世界中のシステムで一人は必要な守備的MF(危機感知能力が高い。フィジカルが強い。そしてスタミナと運動量がある。バイタルエリアで相手の攻撃をフィルタリングする)の存在をリティはアビスパから無くしてしまった。リティが迷宮に入り込むのは必然だったような気がするのだ。

後半、2点目取られてからは、田中と久藤が高い位置取りをしはじめ、布部が上がっていくことで攻撃には厚みがでるようになっていった(チャンスもいくつか作り出していく)が、ボールを取られた時には、中盤&バイタルがスカスカで、カウンターから点を取られる危険性がかなり高い状態になっていった。もちろん2点負けてる状態では、考えられる手だが、こういう時にこそ、危機感知能力に優れる潰し屋タイプの選手(ホベルト、日本人で行けば今野か鈴木啓太)が一人必要になるのだが..。ヴェルディのカウンターの精度が良ければ、この試合4,5点取られていてもおかしくなかったように思う。

リティの3トップ(3-4-3)は失敗に終わった。もちろん時間をかけて連携面が良くなれば、少しは機能していく可能性もあるかもしれない。だが、最終第4クールになって新しいシステムを構築してる段階で、失敗は明らかだろう。
戻るべき基本のシステム(バランス)、オプションでビハインド状態である程度リスクを負って点を取りに行くシステム、守備に比重を置きカウンター狙いのシステム、試合を壊すため、リードを守りきるためのシステム。世界にはいろんなバランスがある。もちろん基本のシステムのまま、選手交代によってバランスを変えるという方法もある。
リティは、今シーズン、さまざまなシステムを試行錯誤したが、結局、何が戻るべき基本なのか定めることがついにできなかった。そのことは監督の能力、引き出しの少なさを証明している。リティの限界は明らかに見えている。この状態でも監督交代、休養、もしくは傀儡政権にすることもせずにシーズンを終えた場合、アビスパに残るものは、大きな徒労感しかない。

現段階ではリティはアビスパにふさわしい監督ではなかった。
1シーズンでJ1に戻ることを目標にし「育成」を全く考えずにシーズンを過ごした。その上で、一番重要な「結果」を残せなかった。その点ではジーコに似ているだろう。ジーコも結果に拘りメンバーを固定し、そして一番重要なW杯ではチームをまとめることができずに惨敗した。その後に残ったものは、若い世代の圧倒的な国際経験の不足だった。(ある人はそれを「焼け野原」と言っていたな)そのツケをオシムは今払っている。
次のアビスパの監督は、リティが残したツケをまず払うことからスタートしなければいけないだろう。次の監督の能力にもよるが、2,3年は我慢を強いられるような予感がしている。
スタートは早ければ早いほど良い。まずは次の監督を決めて、その上で編成を考える。他のチームに比べると早いが、アビスパはそのスタートを切るべき時期に来ているだろう。

リティは、しばらくJでの仕事はないだろう。ドイツでコーチ見習いから出直してもらった方が本人の将来のためにはいいのかもしれない。

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2007年9月10日 (月)

J2、第3クール終了時点での順位とまとめ

J2第3クール終了時点での順位表(上位9チームのみ)、山形は脱落したかもしれません。

        勝点、得点、失点、得失点差
1:札幌、72,53,30,+23
2:京都、66、61,43、+18
3:仙台、62、57、45、+12
4:東V、59,61、46、+15
5:C大、58、47,42、+5
6:湘南、57,52,37,+15
7:福岡、56,61,41、+20
8:鳥栖、54、46,50、-4
9:山形、47、37,39,-2

第2クール時点での順位表
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_c7e8.html

ちなみに第3クールのみでの順位表(上位9チームのみの比較)
          勝点、得点、失点、得失点差
1:C大、27、19、15、+4
2:札幌、21,20,14、+6
3:湘南、21、14,9、 +5
4:京都、21,18,15,+3
5:東V、20,22,13,+9
6:鳥栖、18,17,13,+4
7:仙台、18,13,17,-4
8:福岡、16,21,15、+6
9:山形、13,9、 14,-5

第3クールはクルピの指導が浸透してきたセレッソがダントツの強さを見せたと言えるだろう。それにしても得失点差が+4でこれだけの勝ち点を稼いでる所を見ると、かなり接戦に強かったようだ。札幌、京都は相変わらず安定した第3クールと言えるだろう。湘南はやや上向きになってきている。鳥栖と仙台はやや足踏み状態。山形はどうやら息切れしてしまったように思う。
そしてアビスパ。第2クールに続いて勝点16しか上積みできなかった。途中、カミカゼシステムで下位相手に連勝したが、第3クール最後の昇格争いライバルチームとの4連戦で4連敗....。得失点差自体の数字は悪くないが接戦をものにできない勝負弱さが目立つ。2位京都とは勝点10差、3位の仙台とは勝点6差。もちろん数字上は3位で入替戦という可能性も十分あるだろう。それにはおそらく勝点25以上(できれば27)必要だ。だが迷宮に入り込んでしまったリティ体制では、おそらく無理だろう。(鳥栖の方には、まだ可能性が残っているような気がする。それには第2クールの再現が必要だが)

リティ・アビスパは、研究されなかった第1クールが一番良くて、後は尻切れトンボに終わるような気配が濃厚だ。監督としての経験不足、硬直した選手起用と疲労によるパフォーマンスの低下、そして何より「攻撃と守備のベストバランス」を見つけられなかったこと。この3つの原因がこの成績に直結している。
さらにチームマネジメントとしては、ホベルト&金古&古賀誠史という軸になるべき選手を自分の好みで切ってしまったこと。(特にリティの理想とする攻撃的なサッカーを成立させるためには最も必要だったホベルトを切ったことが一番大きかった。ギャラクティコ時代のレアル・マドリードがマケレレを切ってから迷走したことと似ているような気もする)そして田中と山形弟以外の若手の伸び悩みと、リティ体制で失ってしまったことはあまりにも多すぎる。(経済力のないアビスパにとっては、ひょっとしたらジーコ体制の4年間で日本代表が失ってしまったものよりも影響は大きいかもしれない)
もし奇跡が起きて入れ替え戦に進出できたとしても(例えJ1に昇格したとしてもだが)、リティが1年契約を満了した後は再契約すべきではない。第3クールを終了した時点での結論は、こんな感じだ。
リティにはまだ1%ほどは、何かを見せてくれる期待はしているが、おそらく無理だろうなぁ~。(去年のあの川勝でも入替戦の最後までは、何とかなるのではないかという希望があったのだが...。今年は希望がないのが非常~に悲しいのだ。

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2007年9月 6日 (木)

鳥栖vs湘南戦、雑感

2007年9月5日、鳥栖 2-1 湘南
審判:松村和彦

九州ダービーの鍋島主審に比べると、ほとんどスレトスのないレフリングをした松村主審。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E5%92%8C%E5%BD%A6

WIKIによれば、Jリーグでも屈指の「流す主審」として有名だそうだが、その特徴がよく出ていたレフリングであったように思う。できれば九州ダービーで吹いて貰いたかったなというのが実感だ。九州ダービーとこの試合を通しで見れば、いかに審判の存在が重要かを分かるだろう。

ホーム開幕戦での虐殺から、時々はスカパー!(スタ観戦は1試合のみ)にて観戦しているが、シーズンを通して鳥栖はチームとして順調に成長している。そのことを実感させる試合であったように思う。この日、チームには主力となるべき選手が4人もいなかった。FW藤田、ユンジョンファン、レオナルド、そして廣瀬がいない。コンディション的には湘南の方が厳しかったのもあるが、最後まで全員が献身的に走り勝利を目指していた。その差が結果に反映されたような気がしている。

FWの二人とユンをのぞけば、鳥栖はJ2の中でも個人能力が高いチームではないと思う。(J2で現在、昇格の可能性がありそうな第8位までのチームの中では、個人能力だけで見れば6位~8位ぐらいだろう)
開幕戦と第2クールでの連勝と失速、そして7/1の味スタでのヴェルディ戦など
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_e398.html
を見た感じでは、J1に上がるには、このチームは何かが足りないという気がしていた。それは個人能力と経験の部分が大きく、その差は献身的な走りでもカバーできないかに思えたのだ。だが、鳥栖はチームとして成長している。怪我人が多く出ている状態でも、代役の選手がチームにフィットし貢献する様は岸野監督の腕によるものだろう。鳥栖にはグループとして結束・一体感がある。その点においては隣のドイツ人が率いるチームよりは、はるかに上だろう。鳥栖は、この勝利で昇格争いするための十分な資格を備えていることを証明した。第4クール、ユンジョンファン、レオナルド、廣瀬が復帰してくれば3位以内に食い込む可能性も高くなっていくだろう。(実際に入れるかどうかは、ディテールの問題だが...)

なおサポティスタにもありましたが、、この再試合に関して考察してあるサイトがありましたので紹介しておきます。(この件に関しては勉強不足なので、コメントなしです)
http://d.hatena.ne.jp/CHONO/20070905/1188994626

ただ、この記事よりもエヴァンゲリオンの記事の方が個人的にはおもしろかった。
http://d.hatena.ne.jp/CHONO/20070903/1188751426
まだエヴァの新作は見ていませんが、セレッソ戦に負けたら、エヴァに逃避してしまうかもしれません(苦笑)。どうもシンジ君のキャラ(最初、シンジ君を見たときは非常にイライラしました)が変わっているようなので、その点でストレスを感じないかもしれないし。庵野監督が、わざわざエヴァを「また」やる意味でも考えて見たいと思います。
ところで今のアビスパは問題山積みです。ひょっとしたらリティの今の状態は「逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!」の碇シンジ君のような状態なのかもしれません(苦笑)。逃げないで現実を直視して、解決・修正をしてもらいたい。だが、ホベルトのいない状態では答えは永遠に見つからないかもしれませんが...。

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2007年8月18日 (土)

気候面から見たフランスW杯における開催国の有利な日程の組み方

しつこいようだが、長期の大会で、気候面の違いがもたらすものについて考えてみたい。
W杯においては、1998年のフランス大会で、開催国フランスは自国開催の利点を生かし、フランス代表に非常に有利な日程を作ることに成功したように思う。

まずはフランスの月別気温をみてもらいたい。
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/france.htm#Marseille

       パリ6月、7月、、マルセイユ6月、7月
平均最高気温(℃)21.8、  24.4、          26.1、 29.5、
平均最低気温(℃)13.3、  15.5、          16.0、 18.7、
        リヨン6月、7月
                23.5、 27.0
                 13.1、 15.6
北フランスのパリと南フランスのマルセイユでは約5℃の違いがあり、パリとリヨンでも約2℃ほどの差が存在する。フランスW杯当時、現地には開幕から決勝T1回戦までしかいなかったが、起点をおいていたパリとマルセイユ&モンペリエなど南フランスでは暑さが全然違っていたことは体感していた。

次にフランスW杯の時の日程
決勝T1回戦
6/28、フランス 1-0(延長戦)パラグアイ(ランス、北フランス)
6/27、イタリア 1-0 ノルウェー(マルセイユ)

準々決勝
7/3、フランス 0-0(延長PK)イタリア(サン・ドニ)
7/4、クロアチア 3-0 ドイツ(リヨン)

準決勝
7/8、フランス 2-1 クロアチア(サン・ドニ)
7/7、ブラジル 1-1(延長PK) オランダ(マルセイユ)

決勝、7/12、フランス 3-0 ブラジル(サン・ドニ)

フランス代表は決勝Tに入ってからは、まず北フランスのランスで試合をして、あとはパリ近郊のサン・ドニにずっと居座った状態だった。対する相手はより気温の高いマルセイユ、リヨンで試合をさせ、そして必ずサンドニまで長距離移動させる日程であることが一目瞭然だろう。フランスは対戦相手を暑いマルセイユでじっくり焼いて疲労させた後で対戦するという作戦を組んでいた。マルセイユで試合をした場合とサン・ドニで試合した場合、暑さの違いにより、マルセイユで試合をした方がより疲労がたまるだろう。
もちろん、これは細かいディテールにしか過ぎない。だが、力の接近したビッグマッチにおいては、この細かいディテールの違いが勝敗を分けるのもサッカーという競技のもつ一面であることは間違いないだろう。1998年のフランスは勝つために日程面においても万全に準備していた。そして代表チームとジャッケは、運を味方にしながらも、それを結果に結びつけるだけの実力があったということなのだろう。

ちなみに、2004年のアジアカップにおいては開催国・中国が、この気候面の違いを利用しようとしたように思う。
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/china.htm

      7月(最高気温)、8月(最高気温)
北京、  30.8℃、         29.4℃
済南、  記録なし、地理的にみれば北京と同じだと思われる
成都、  30.0℃、         29.9℃
重慶、  33.6℃、         33.9℃

中国はこの4つの中で比較的涼しい方である首都・北京にて、グループリーグ3試合、準々決勝~決勝まで、全6試合を行うという移動日が1日もない、非常に恵まれた日程を組んできた。

準々決勝
7/30、中国 3-0 イラク(北京、イラクのグループリーグは成都。なお、中国のグループリーグ最終戦は7/25、イラクは7/26という、1日遅い上に移動させるという非常に不公平な日程だった)
7/31、イラン 4-3 韓国(済南、イランのグループリーグは重慶)

準決勝
8/3、中国 1-1(延長PK)イラン(北京)
8/3、日本 4-3(延長)バーレーン(済南、日本は重慶より移動)

決勝、中国 0-2 日本(北京)

中国は日程面でかなり開催国有利な日程を組んで優勝を狙ってきた。だが、その時の中国サッカー界には、それらのディテールの違いを結果に結びつけるだけ成熟していなかったということなのだろう。

なお、これから先はあくまで妄想だが、
もし日本が次にW杯を開催する場合、本気でW杯優勝を目指すならば、日程面で試すべきことを提案したい。フランス方式になるが、日本は決勝Tに入った後は、涼しい札幌から動かない。対戦相手には日本と当たる前には必ず暑い沖縄あたりで試合をしてもらうという日程を組む。暑い中で疲労を蓄積させ、さらに移動させた上での対戦は、試合の時にいくらか日本に有利に働くことは間違いないだろう。
これは今の段階では妄想でしかない。ドイツW杯で、視聴率を優先させるために日本代表を「夜の試合」からわざわざ「消耗の激しい昼間の試合」に変更させる日本サッカー協会と広告代理店の現体制では、とうてい受け入れられることはないだろう。(おそらく代表は関東:関西=2:1の割合で往復になるような日程を組まさせるような気がする。気候面では、あまり有利さが出ない日程だ)

おそらくこの案と似たような日程が組まれる時は、日本サッカーが成熟した時であるに違いない。だが、2007年のアジアカップにおいて、気候面がサッカーの質に及ぼす作用については、一部を除いて議論に上がることもなかった。多くの人々は、空調の効いた室内でTV画面越しにオシムジャパンの戦いぶりにフラストレーションをためるだけだったように思う。(もちろん代表の戦い方自体にも問題は多くあったことは間違いないのだが)
その代表が「とくダネ!」の小倉智昭であった。彼は多くの「普段よくサッカーを観てない人々」の典型的な代表例であるのかもしれない。少なくとも彼が世代交代するまでは、日本サッカーが成熟することはないのだろう。

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2007年8月17日 (金)

「世界から後退するAFCとアジアカップ」について、気候の補足

http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/08/post_d27a.html
このエントリーに関して、khさんより、ご指摘いただきましたので今回の開催都市の気候を調べてみました。

バンコク
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/thailand_bangkok.htm

クアラルンプール
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/malaysia_kualalumpur.htm

ジャカルタ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/indonesia_jakarta.htm

ホーチミン
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/vietnam_hochiminh.htm

ハノイ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/vietnam_hanoi.htm

パレンバンとシャーアラムが無かったのですが、どちらも熱帯気候なのは間違いないでしょう。ということはハノイ以外は熱帯気候。熱帯気候では四季がなく雨期と乾期の二つに分けられ、基本的には雨期に入る直前の乾期が一番暑いという感じだったと思います。

他にアジアカップ時のハノイとその他の気候については
http://www.jsgoal.jp/news/00052000/00052008.html
http://tabimap.com/country/top_VNM_dress.html
http://www.vietnam-sketch.com/column/tubuyaki/2003/01.html

基本的に熱帯では一年中サッカーに向いてないのでしょうが、その熱帯よりも、アジアカップ時の(夏の)ハノイは高温多湿のサウナのようで、さらに向いていないようです。

あと
中国・重慶
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/china_chongqing.htm
やはり2004年7月の中国・重慶は最もサッカーにふさわしくない季節のようですね。

ちなみに南アフリカ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/South_Africa/South_Africa.htm
6月は冬です。おそらくサッカーをやるには同じ6月のヨーロッパよりも向いているでしょう。

とりあえず不勉強な点がありましたので、ここで補足しておきます。

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2007年8月15日 (水)

世界から後退するAFCとアジアカップ

以前、このアジアカップ2007は失敗だったというエントリーを簡単に書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_3052.html

サカマガとサカダイの記事を読み返してみると、いろいろ運営面でまずいことがあったようなので、まとめてみることにした。

まずは開催時期から
*アジアカップ1956(香港、第1回)、9/1~9/15
以下略~

アジアカップ1988(カタール)、12/2~12/18、(日本が初出場した大会)
アジアカップ1992(日本),10/28~11/7、(開催都市:広島)
アジアカップ1996(UAE)、12/4~12/21、(開催都市:?)
アジアカップ2000(レバノン)、10/12~10/29(開催都市:ベイルート、トリポリ、サイダ)
アジアカップ2004(中国)、7/17~8/7(開催都市:北京、重慶、成都、済南)
アジアカップ2007(タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、4カ国共催)、7/7~7/29、{開催都市:バンコク(タイ)、クアラルンプール&シャーアラム(マレーシア)、ハノイ&ホーチミン(ベトナム)、ジャカルタ&パレンバン(インドネシア)、7都市での開催}

ちなみに前回の東南アジアでの開催は、1984年
アジアカップ1984(シンガポール)、12/1~12/15

アジアカップにおける最大の問題は、開催時期だろう。2004中国大会も暑かったが、2007年東南アジア共催大会も、もともと暑い場所なのに、さらに最も暑い時期に行われた。上記に示したように2000年大会まではなるべく暑くない時期を選んでいたように思う。だが、アジアからヨーロッパへ移籍する選手が増大し(1998年の中田英寿以降だろうか?)、2004以前の開催時期だと各国のヨーロッパ組(スタープレイヤー、例を上げれば中田英寿は2000年、2004年のアジアカップには参加しなかった。理由の詳細は不明。だが最も大きかったのは、ヨーロッパのシーズン真っ最中だということが大きいだろう)が参加しにくくなったことで、ヨーロッパのシーズンがオフである時期にやるようになったのかもしれない。だが、アジアの夏は暑い。もともとサッカーは夏にやるようなスポーツではないのだが、高温多湿の夏のアジアでやるには最も不向きだろう。中国大会も暑さでサッカーの質が低下していたが、今回もサッカーの質は低かった。その最大の原因は暑さであり開催時期にあることは間違いないだろう。開催時期を間違えたことで最も大切なサッカーの質は下がってしまったのだ。

開催年の変更:
アジアカップは2004年大会まではW杯の中間年に行われてきた。だが2007年大会からはW杯の翌年に変更されるようになった。W杯の中間年には夏期オリンピックとヨーロッパ選手権が開催され注目度がどうしても低くなることが開催年変更の最大の理由だろう。
だが、この変更には大きな弊害がある。(主にW杯出場を狙う国にとっての弊害だ)
・まずW杯開催直前のインターナショナルマッチデー(以下、IMD)という、本来ならば、W杯に向けた強化試合に費やしたい貴重な機会がアジアカップ予選で、いくつかつぶされてしまうことだ。(2006年のW杯直前には1試合がアジアカップ予選に費やされた)
・W杯出場国にとって、W杯翌年は、まだチーム作りの初期段階にしか過ぎない。W杯出場国という強豪国があまりチームとして成熟してない状態での開催は、サッカーの質の低下を招いたことは間違いないだろう。
W杯の中間年に開催された場合、アジアカップの予選(格下相手の予選)を通じて、立ち上がったばかりのA代表は、成熟を図っていくことができる。(トルシエの時がそうだった)。そして十分に成熟への準備期間(約2年)を与えられた中で開催されるアジアカップでは、翌年に行われるW杯最終予選での課題をチェックするいい機会でもあった。サッカー的に見ればアジアカップとW杯とのサイクルがうまくはまっていたように思う。だが、W杯の翌年では、サイクル的にうまく行かない。AFC的には、開催時期をずらすことでより注目を集めようとしたのだが、注目を集めたとしてもあのサッカーの質では、かえって逆効果だろう。さらに、2010年のW杯本大会でも、3カ国(イラク、サウジ、韓国)以外の出場国には、W杯開催直前の貴重なIMDを使って行われるアジアカップ予選は強化の妨げにしかならないだろう。AFCの地位向上のためにはW杯出場国のW杯本大会での好成績が必要だろうが、AFCは、その国々の足を引っ張りかねない改悪をしたとしか思えない。

なお、この件とは別の問題だが、このアジアカップで3位までに入れず、次のアジアカップ出場権を獲得できなかったことで日本サッカー協会が被る経済損失は約30億円になるらしい。(SM1148号の三浦憲太郎氏による記事から)。
・次の2011年アジアカップへ参加するための予選が6試合。予選はAFC主催のため日本サッカー協会には大きな収益にならないこと。さらにアウェーの遠征費が持ち出しになること。親善試合1試合で5億円の収入をもたらすが、それが6試合分消えること。さらに予選6試合を組み込むためにJリーグの日程にも負担がくることなど。次回のアジアカップへの出場権を獲得できなかった代償はかなり高くついたようだ。
このアジアカップで3位以内に入れば「次回大会の出場権を獲得」ということが、いつ決まったのかは定かではない。(不勉強なせいもあるだろうが、個人的にはこの大会中に初めて知った)。もし、早い時期に決まっていたのであれば、なおさら、6/30のJリーグの日程をずらすべきだったのだろう。もちろん、ずらしたからと言って、必ずしも3位以内に入れた訳ではないと思う。だが、日本サッカー界がアジアカップを舐めていたことが、予想以上に高くついたことだけは間違いないように思う。
・さらに言えば2007年大会では日本は前回大会優勝国ながら、開催国が4カ国になったため、アジアカップ予選を6試合戦わなければいけなくなった。これまでの大会では優勝国はシードされていたのが、その特典が奪われたのだ。そのことによって日本サッカー協会は30億円ほどの損失を既に受けている。
前回の中国大会でも日本は最も暑くそして反日感情の高い重慶で主に試合を行った。そして今回のハノイも最も暑い開催都市だった。(他の開催都市では試合開始時の気温がだいたい30℃ぐらい、だがハノイでは約35℃ほどが多かった。この盆中の都内で一番暑い時間帯(12:00~14:00ぐらい)にサッカーをやれというのが大間違いだ)。そういう意味で日本サッカー協会には、良い意味での「政治力」が欠けていたように思う。

さらにサッカーの質の低下に拍車を掛けたのが、AFCのマネジメントの失敗だろう。
これを読むとAFCには陸続きでもない4カ国共催をマネジメントする能力がなかったことがよく分かる

★7/21にバンコクで準々決勝を戦ったイラクのクアラルンプールへの移動が7/23になってしまった件
AFCは「指定ホテルは7/22は満室のため移動日を7/23にチェンジしたらどうか」とイラク選手団にアドバイス。しかし移動のフライトは満席のため31人と9人の二手に分かれて移動。第1陣が到着したのは7/23午後5時前、しかしホテルの部屋は8部屋しか用意できず。全ての部屋が準備できたのは午後8時半すぎ。練習時間は当初の午後7時半から10時に変更。しかし練習場はホテルから車で1時間のシャーアラムスタジアム。練習を終えて夕食をとった時には、日付が変わって午前1時半を回っていた。この最大の原因は7/22に敗退したイランの代表選手団の部屋(チェックアウトは7/23夜)をイラクに割り当てようとしたためだ。その行動の最大の理由は経費節減のためだいうことで、開いた口がふさがらないものだった(SD909の森本高史氏の記事より)

★7/22に準々決勝を行ったサウジのハノイへの移動が12時間かかった件
・元々、ジャカルタ-ハノイには直行便はなかった。そこでまず7/23の午前9時のフライトでジャカルタからクアラルンプールへ。(クアラルンプールからハノイまでで、AFCがサウジ選手団に用意したのはエアーアジアでのフライト。全席自由の格安航空会社のフライトで積載量制限や欠航のリスクもあるものだった)クアラルンプール到着後、車でエアーアジア用の飛行場に移動したが、そこには「飛行機がなく」4時間ほどのすったもんだの末、荷物が行方不明になるおまけ付きでチームは夜8時頃にハノイに到着、実質的に中1日で日本戦を迎えるはめになった。これもAFCが経費削減のためにとったマネジメントで選手団に負担をかけた例になるだろう。
★最後に日本のパレンバンへの移動
ハノイにて7/25の準決勝サウジ戦に敗れた日本は3決会場のインドネシア・パレンバンへの移動を余儀なくされた。7/26昼にハノイを出発、まずはマレーシア・クアラルンプールへ移動、さらに乗り継いでインドネシア・ジャカルタへ移動(12時間かかったそうだ)、ジャカルタの空港近くのホテルで1泊。7/27早朝の便でパレンバンへ向かう予定だった。だが、AFCの手配ミスで、一度確保していたパレンバンへの早朝便がキャンセル扱いとなっていた。(韓国は7/26にクアラルンプールで練習後、直行便でパレンバンに到着した模様)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/asiancup/2007/p-sc-tp2-20070727-233027.html
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2007/07/28/02.html
結局、夕方の最終便を確保し、日本選手団がパレンバンに到着したのが午後9時半。さらにAFCの不手際でホテルの部屋数が確保されておらず選手は全員二人部屋にスタッフ11人はオシム監督が使う予定だったスィートルームに押し込まれる始末。さらにはAFCが水も用意してなく、あわててスタッフは水をスーパーに買い出しに行く。公式練習が始まったのが午後10時過ぎ、練習を終え、選手バスがスタジアムを後にしたのは、7/28に日付が変わる直前だった。この状況で翌7/28の韓国戦に臨むようにしたのは、AFCの完全なマネジメントの失敗だろう。

AFCの詳しい内情は分からない。だが、4カ国共催という非常に難しい方式を取るのであれば、開催都市間に直行便がない移動スケジュールは避けるべきであったし、もし各国協会の力関係でできないのであれば、直行便をアレンジするべきだった。だがAFCには金(予算)がなく、経費節減のしわ寄せが選手団に直接影響を及ぼした。さらにマネージメントのまずさが、選手の負担を増大させた。そのことが試合の質に及ぼした影響ははかりしれないだろう。(もしUEFAの担当者が、このスケジュールを見れば「冗談のようなマネージメントだ!」とダナ・ホワイトばりにつぶやいたに違いない)

結局、AFCにはこの難しい4カ国共催のアジアカップを運営する能力も予算もなかった。そのことでサッカーの質を落とし、結局は、世界にアピールすることに失敗した。AFCは目先の利益のために、多くのものを失ったのだと思う。AFCは世界に追いつくためにアジアカップの改革をしたのだろうが、個人的には、これらの変化は「改悪」でしかなく、世界から後退したに過ぎないように感じる。この運営を見る限りアジアサッカーは、ますます世界から遠ざかっていくような気がしてならないのだ。

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2007年8月 4日 (土)

徳島戦、久藤の不在

徳島0-3アビスパ

    リンコン
久永  アレックス  田中
  恭平    宮崎
     布部
 チェコ 亨  弟
   GK神山

控え:GK六反、長野、柳楽、林、宇野沢

審判:牧野明久

今週は仕事が忙しかったため、遅めの更新になりました...。ダナ・ホワイトから「呪い」でもかけられたんだろうか(苦笑)盆までは非常に忙しい時期なので更新が滞る予定。

かなり不調な徳島との対戦。アビスパは、出場停止の久藤に代わって布部をアンカーに入れ、恭平&宮崎で3ボランチを組むカミカゼシステム。リトリートしてしっかり守備ブロックを作る徳島相手になかなか効果的な攻撃ができないアビスパ。徳島は特に両サイドのウィングの田中&久永へのケアがしっかりしている。逆に言えば、きっちり崩していないため両サイドが勝負する時に1対1で互角もしくは1対2の状況を作られているために両サイドから効果的な攻撃を仕掛けられなかった。
この試合、最も感じたのが久藤不在の影響の大きさだった。久藤のサイドチェンジ、緩急をつけたパス回し、3列目からの効果的な飛び出しがないことで、攻撃的であるはずのカミカゼシステムの破壊力が70%ぐらいに減少していたように思う。どうしてもアレックス&リンコンのブラジル人コンビに目が行きがちだが、アビスパの攻撃のタクトをふるっているのは久藤である。特に3ボランチにして久藤の守備の負担が減ったことで、その攻撃構築能力が発揮されているということを証明したような試合だったと思う。
ヴェルディ戦の後、「久藤の代役は城後がいいのではないか」と書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_a560.html
予想通りリティは、恭平&宮崎&布部の3ボランチで臨んできた。布部がアンカー役で守備に重点を置いている以上、久藤の仕事をするのは宮崎か恭平になるだろうが、二人とも代役にはなれなかった。「使う人」と「使われる」人という分類でいけば攻撃を主に担当する6人(リンコン、アレックス、久永、田中、恭平、宮崎)全部が「使われる人」であるというバランスの悪さが、アビスパの攻撃にいまいち変化と破壊力がなく、決定的なチャンスをあまり作り出せなかった原因だろう。そういう意味で、リティがこの日選んだスタメンはバランスを欠いていたと思う。あくまで結果論だが、リティは久藤の代役には、城後か本田の調子のいい方を使うべきだったと思っている。次の愛媛戦でも、徳島戦の3ボランチで臨むならば、攻撃に変化がなく点も取れずに落とし穴(勝ち点3を取れないこと)に落ちる可能性も決して低くないように思うのだ。

結果だけ見れば完勝だった。徳島の不調とミス(2点目はナイスアシストでしたねえ~、アビスパにとっては「汗が出まくった後に飲む冷えたポカリ」なみにおいしいものでした)、そしてアレックスの決定力がこの結果を生んだ。だが、内容的にはあまり良くない試合だったことは間違いないだろう。そのことはリティも自覚はしてるようだ。そういう意味でも、愛媛戦での「修正」には注目した方がいいだろう。

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2007年7月30日 (月)

アジアカップを終えて、選手入れ替えのススメ

現在、個人的にはオシム支持派だが、修正点が出てきたように思う。ただ他のサイトでもゲーム運びやいろんな修正点が述べられてるので、それは他にまかせるようにします。

ここでは選手の評価や入れ替え案について述べてみたい

鈴木啓太: 個人的にはいい選手だと思うが、あのポジションでは今野か稲本(フランクフルトでレギュラーを取ることが必要だが)が上だろう。(サウジ戦は疲労と怪我の影響も考慮しないといけないが)アジア最終予選やW杯レベルでは、他国と比べてパスの精度が見劣りするだろう。またそのレベルではボール奪取能力もあまり発揮できないような気がする。

阿部勇樹:CBとしては限界が見えた大会だった。阿部や今野をCBとして使っていたのは、彼らのフィード能力やゲームを組み立てる能力を生かしたかったからだと思うが、この大会では、阿部はCBとしての経験不足を露呈したように思う。レッズにてCBのレギュラーとして経験を積んでいくというなら話は別だが、いずれにせよ、阿部をA代表活動期間中だけCBに使っていくのは非常に危険だ。やはり闘莉王の不在が大きく影を落としたように思えてならない。

加地:この大会、最も精彩を欠いたうちの一人。怪我の影響もあったのだろうが、精彩を欠いていた。サイドバックは3人(加地、駒野、今野)で回していたが、今野は元々ボランチが適性だ。他にいろいろ選手を試すことが必要だろう。(個人的には田中隼磨、服部公太、根本裕一あたりを試してもらいたいのだが、なお現在、JはJ2中心に観戦してるので、調子を落としている選手も入ってます)

羽生:代表の中の役割としてはかつての森島寛晃が担っていた役割をやっていると思う。スペースメイキングや相手の嫌な所に飛び出す能力は優れているが、決定力やドリブル突破能力が国際舞台では力不足だ。ジョーカーとしては全盛期の森島にははるかに及ばない。この大会、彼にとっては非常につらい大会になった。非常に真面目なんだろうが、生真面目すぎて大舞台で活躍できるだけのハートがないのかもしれない。(PK戦の「蹴りたくなかった」発言を聞いて)もちろん、この経験を次に生かしてくる可能性もあるだろう。だが彼には、そんなに多くの時間は残されていない。

俊輔&遠藤&憲剛のユニット:パス回しだけでいけば、このユニットは素晴らしい能力を発揮する。だがエレガントさにバランスが片寄りすぎていたような気がする。日本のFWにビエリやワシントン(浦和)のような強引さを期待できない以上、この3人を並べるだけでなく、ドリブラーが必要だろう。理想は全盛期の森島か前園(オシムの好みは間違いなく森島だろうが)。この大会では水野(太田でも良かったが)に期待していたが、オシムの要求するレベルに達していなかったのだろうか...。オシムはかつて「松井大輔に期待する」とコメントしていたと思うが、その松井の2006-2007シーズンは渡仏後、最悪のシーズンだった。松井の調子が悪かったことも、この大会の誤算につながっているだろう。

巻:前線からの守備や汚れ役としては機能していた。だがFWとして最も期待される仕事は点を取ることだ。その点で、彼は力不足だ。現在、彼の最も効果的な使い方は強豪国相手のプレス要員(60分ぐらいまで走り回ってもらう)か逃げ切る場合のプレス要員でしかないように思う。

矢野:現時点では我那覇が上。選ばなかったのはドーピング(静脈注射)問題の影響だろうか?本人に全く非がなさそうだけに、もしその問題があったのならば、これもオシムには不運に働いたと思う。

山岸:Jリーグにはもっといい選手がいると思うのだが...。

あとはベンチのメンバーやスタメンのメンバーのおとなしさが気になったところだ。そういう点で、闘莉王と播戸の不在は予想以上に響いたように思う。

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2007年7月28日 (土)

ヴェルディ戦、カミカゼシステムで2連勝

アビスパ 2-1 ヴェルディ、観客数17361人

スタメン
     リンコン
 久永  アレックス  田中
   恭平   宮崎
     久藤
 チェコリ 亨  辰則
   GK神山
控え:GK六反、柴村、柳楽、長野、宇野沢

2人交代後(4バックへ変更)
     アレックス
 久永          田中
        恭平   久藤
      柳楽
チェコ  亨  長野    辰則
    GK神山
*船越の高さに対応するために長野、ディエゴのマンマーク役にナギを投入

ヴェルディ
    廣山  飯尾
        ディエゴ
服部                海本
    大野  ゼ・ルイス
 富澤 戸川 土屋
  GK高木
控え:GK、一柳、永井、金澤、船越
審判:奥谷彰男

草津とは違い好調なヴェルディ相手に、どういうシステムを取ってくるか注目されたアビスパだが、リティは前節と同様、布部(アンカー)の所に久藤を下げ、宮崎を入れるという「カミカゼシステム」を採用してきた。
個人的には、久藤をアンカーの位置に下げることで、ゲームメイクなどで支障をきたすのではないかと思われたが、久藤は正しい局面になると積極的に攻撃にからみ前線に飛び出していく。この試合で久藤は他の選手との経験の違いを見せつけたように思う。3ボランチになったことで久藤の守備の負担が、ダブルボランチの時よりも、いくぶん軽減された。そのことにより久藤が、より攻撃的な能力を発揮しやすいシステムになったことは間違いないだろう。(繰り返すが、ホベルトとのダブルボランチでも、久藤の攻撃的な能力はより発揮されただろうが)1点目のPKは、久藤の攻撃参加&ゴール前への飛び出しが生んだモノだ。このシステムでは、チャンスを作ることに関しては、アレックスやリンコンよりも久藤の能力が最も重要な役割を果たしているように思う。だが、イエローの通算累積8枚目で久藤は8/3徳島戦、8/12愛媛戦の欠場が決定した。リティは、今日の試合の出来にある程度満足しているようなので、おそらく布部、恭平、宮崎という3ボランチで臨むだろう。だが、久藤の代役は城後が最も適任だと思う。アビスパの状況を考えれば、下位の四国勢相手では2試合でぜひ勝ち点6を確保したいところだ。だが、久藤の不在と、予想される3ボランチのメンバーでは、できるチャンスの質に違いができてくるだろう。

この試合、ボールキープはヴェルディの方が優勢だった。カミカゼシステムらしく、アビスパのディフェンスには多々危ない場面があった。(リティはエキサイティングな試合で、あまり気が付いていないかもしれないが、久藤には改善点が見えてるようだ)
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_9c25.html
フッキの不在、船越が怪我で90分使えず、廣山と飯尾というある意味似たタイプの2トップで来てくれたことが、アビスパに有利に働いたことは間違いないだろう。
リティはヴェルディが一気に3人交代してきた時に、3バックから4バックに変更し、長野を入れて「高さ」に対応し、柳楽にディエゴをマンマークさせることで対応した。リティは珍しくきっちりと相手のやり方に対応できたように思う。(さらに全ての選手がディフェンス面でハードワークしたことでヴェルディ相手に勝ち点3をとることができた)
だが、この交代もリティの想定通り、先行するゲームができたから機能したように思う。もしリードされる展開で、どうしても点を取りにいかなければいけない場合に、この控えメンバーでは攻撃面に効果的な交代をすることは期待できなかった。アビスパの勝利には、いくつかの幸運な点があったことを忘れてはいけないように思う。

ともあれ、新システム変更後、昇格争いのライバルであるヴェルディに勝利したことはチームに大きな自信を与えるはずだ。これからの対戦相手を見ると連勝スイッチが入る可能性もあるだろう。(そういえば第一クールも博多でヴェルディに勝ってから、チーム状態が上向いた)昇格するためには、これからの徳島、愛媛、水戸、山形との4連戦では、最低3勝1分が必要だろう。結果を出しながら、研究されてくるカミカゼシステムを修正していくことをリティには求めたい。もしできなければ、8/26京都戦で大きな失望を味わうように思っている。

他に気が付いた点を少し
・チェッコリは、4バックのSBよりも3バックのCBの方が合っている。サイドは運動量やスピード、スタミナが要求されるポジションだ。それらは経験よりも重要かもしれない。32歳のチェッコリにとってはSBは、既に厳しいポジションのような気がする。ACミランのマルディーニも若い頃は「世界最高の左サイドバック」と言われたが、年を重ねるにつれてサイドでは機能しなくなりポジションが真ん中に移った。(まあ、チェッコリとマルディーニを比べること自体がおこがましいのだが)
ヴェルディの服部も同じような感じだろう。味スタでの鳥栖戦ではボランチで非常に効果的なプレーをしていたが、彼もウィングバックは厳しいような気がする。
・柳楽はスピードがあってフィジカルも強い選手だ。彼の最適なポジションがCBかどうかは、まだ判断しかねているが、ボランチでの相手のキーとなるMFをマンマークでつぶす役割もできるだろう。この日はディエゴだったが、他にも仙台のロペス、湘南のアジエルに対しては柳楽でマンマークというオプションも十分にあるように思う。もし柳楽がボランチとして生き残っていくならば、目標とすべきスタイルはトルシエ時代の戸田だろう。だが、彼には、まだ視野の広さがないような気がする。経験を積むことで、その視野を獲得できるかどうかは分からないが。
・宇野沢は釘崎よりも、現時点では上だろう。逃げ切る場合の前線からのプレス役、DFラインの裏に抜けるプレーは十分に機能しそうだ。(ただ個人的には、この二人よりも林に期待してるのだが、調子が悪いのかなあ..)

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札幌1-1鳥栖、メモ

前半
・得点は、スカパー!のVTRでも、よくとらえ切れていなかったが、
単なるセットプレー時の引っ張り合いを主審がPKを取ってしまったもののように見えた。主審の村上伸次は接触プレーに関して敏感に反応しすぎる審判のようだ。リスタートの位置に拘り、流していい場面でも流さないなど、サッカーの面白さを殺すレフリングを展開。
・解説の野々村芳和の札幌よりの解説がうざすぎる。
・鳥栖は藤田&金の両FWにボールが十分収まり、チャンスをかなり作るものも、決定力が不足している。前半の札幌は、良い出来とは言えないが、前半風下ということもあり、スタミナ温存の試合運びをしてる可能性は十分あるだろう。

後半
・鳥栖が積極的に仕掛けていくが、風下になり、前半ほどのチャンスは作れず。
・PKは、審判:村上伸次が、帳尻合わせにとったようなPKだった。
・後半、札幌はギアを上げてくるかと想像していたが、なかなか上がらず。前節休みだった鳥栖と、中2日の札幌、この辺のフィジカルの差が出たようだ。
・鳥栖にとっては、この日の札幌であれば勝ち点3を取りたかったところだろう。札幌は、しぶとく守り、セットプレーに活路を見いだしたが、点には結び付けられず。だが勝ち点1をしぶとくもぎとった試合と判断していいだろう。
・両チームとも決定力がなかった。この試合、最も決定力があったのは、主審の村上伸次で間違いないところだ。

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2007年7月26日 (木)

続・日本vsサウジ、払わされた代償

★とりあえず原因に追記します。
・アジアカップの開催時期:今までアジアカップはW杯の中間年、ユーロがある年に開催されてきた。今回は、「ユーロ、北京五輪と時期がかぶることや近いこと」で、1年前倒しして行われることになったが、それにもかなり影響を受けたことは間違いないだろう。
現在の日本代表にとって最も大事なものは2010年にある。2006年、「ドイツでの空中分解」の後、前任者のブラジル人が残したものは、世代間の断絶だった。トルシエはジーコに、若いが国際経験も豊かで能力も高いグループを残していった。だが、ジーコがオシムに残したのは焼け野原であり、潜在能力はあったが、ジーコにより国際経験を積めずにきてしまったグループだった。(もちろん、選手が自然に生まれてきてヨーロッパに買われ経験を積めるブラジル代表では、そんなに問題はない。才能は生まれてくるものなのだ。だが、日本の環境では、手を入れて成長させていかないといけない部分が多々ある)
日本サッカー界が、Jリーグをかなり優先させてきた中で、オシムは順序立ててチーム作りを進めてきた。そう、4年というスパンで見た場合、チーム作りは、まだ初期段階なのだ。トルシエの時で行けば、惨敗した1999年のコパ・アメリカの時期と重なると思う。トルシエがユース&五輪世代に力を注いでいたこともあるが、A代表では、トルシエのやり方が、まだ浸透しきってはいなかった時期だ。
現在の代表では、オシムのやり方をまだ必死に習得してる段階なのだと思う。やり方を習得して、そして、それを時と場面によって選手が自分の判断で使い分ける。今は、まだ、そこにまで到達してはいない。トルシエのA代表では、そこに到達し始めたのが1998年フランスW杯の2年後のレバノン2000アジアカップだった。
もちろん、現在のオシムジャパンにもいろいろ問題はあるが、オシムは、それを修正していく能力を十分持ち合わせているように思う。いずれにせよ、「このアジアカップで、ある程度の成果を見せるには時間が早かった」ということも原因の一つに上げていいと思う。
オシムは「日本がタイトルを取れないであろう1000の理由」と言ったが、
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/afc_2007_ae38.html
日本がアジアカップで勝てなかった理由は、いろいろある。そのことを冷静に考えなくてはいけないし、そのことを次の機会にきっちり生かさないといけないだろうと思うのだ。

なお、興味深いエントリーを見つけたのでリンクを張っておきます
http://hakkan.blog.drecom.jp/archive/503

この日の「とくダネ」を見た訳ではないが、司会の小倉さんも「サッカーに関しては分析力が足りない」ようですね。この辺の発言する人のレベルが向上することも日本サッカーのレベルを上げていくことにつながっていくので、好きならもっと勉強してもらいたいと思うのです。(他の糞キャプテンの件に関しては長くなるので、割愛)

ちなみに今回のアジアカップ全体についてだが、
・W杯1年後の開催による各チームの成熟度のなさ
・ただでさえ暑い時期に、アジアで最も暑く湿度が高い地域でやることによるサッカーの質の低下
・無理矢理の4カ国共催による移動、その他の負担による質の低下
確かにユーロや五輪と重ならないことにより注目度は若干上がるかもしれないが、大会自体は課題が多すぎる(失敗と断言してもいいかもしれない)ことになった。アジアサッカーの地位が上がるのは、かなり時間がかかるんだろうなあ...。

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2007年7月25日 (水)

日本vsサウジ、払わされた代償

アジアカップでの日本の冒険は終わった。前回のオーストラリア戦でのエントリーで「将来のアジアカップで大きな代償を払うだろう」と書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_59bf.html
将来ではなく、この大会できっちり代償を払うことになったように思う。(個人的には準決勝のカードと日程を見て、決勝には進めるような気がしていたのだ)中立地で10回やった場合、日本対サウジの力関係は、おそらく日本の5勝3敗2分ぐらいだろう。だが常に先行される展開で2度は追いついたが3度目は追い付けなかった。

このサウジ戦、勝負を分けたのは、いろいろな原因がある。
・日程的に有利なはずの日本選手の方に疲労が目立ったこと。
ここでグループリーグ初戦のカタールに引き分けたことが響いたように思う。2戦目で決勝T進出を決めていれば、3戦目はいくらかの選手を休ませることができただろう。初戦をもっときっちり準備した状態で臨み勝ち点3を取ることが必要だった。
・トゥーリオと播戸、我那覇を欠いたこと。(CBとしては阿部よりもトゥーリオが上だろう。あとは矢野はまだA代表レベルには達してない)
・この大会目立っていたセットプレー時の集中力切れからの失点。入り方のまずさなどを、サウジに3度も得点に結びつけられたこと。(このアジアカップ全体での傾向だった。おそらく全体的に経験が少し欠けていた)
・攻撃におけるドリブラーの軽視(結果論だが、羽生より水野か太田の方が効果があっただろう。ファウルをもらう数も多くなりセットプレーのチャンスも増えたような気がする)。この辺はオシムの好みなのだろうが、人とボールが動くパスサッカーが、この酷暑の東南アジアでの試合では非常に相性が悪かった。
・アジアとヨーロッパとの気候、湿度、ピッチ状態の違いがサッカーに及ぼすものに対して、さすがのオシムも少しうとい面があったこと

ベスト4に残った国の中で、最もチャンピオンにふさわしい内容のサッカーを展開していたのは、日本だったと思う。もちろんオシムも選手達も全力でアジアカップを獲りにいった。しかし獲ることはできなかった。原因はいろいろある。だが、恐らく最も大きな原因は「Jリーグを含む日本サッカー界は、今回のアジアカップでは、本気ではなかった」ということだと思う。その傲慢な姿勢をサッカーの神様は嫌ったに違いない。

韓国との3位決定戦、オシムは「選手を入れ替えることを考えている」とコメントしたが、アジアカップのシード権の関係(シードされれば2010年南アフリカ大会前の貴重な時期に、アジアカップ予選を戦わずに有効なテストマッチが組める)もあり、どうするかは分からない。韓国は、この大会良くはないが、日本戦だけは目の色を変えて臨んでくるだろう。このアジアカップのスタメンにも積ませたい経験だが、控えメンバーに韓国との試合を経験させることも重要だろう。
ともあれアジアカップでの日本の冒険は終わった。その不十分な準備にふさわしい代償を払って終わった。Jリーグと代表強化、この2つの利益調整を、どううまくバランスを取って行っていくか。日本におけるJリーグの位置・露出はそれほど高くない。代表は遠心力を持ちJリーグは求心力を持つ。代表が強く魅力があれば、そこからJリーグの、どこかのクラブのサポへとくる人々の数も多くなるだろう。ヨーロッパのサッカー先進国と違い、代表の実力低下は、各クラブのサポへの入り口を小さくし、将来的にはJリーグ全体の利益を損なうだろう。もちろんクラブの経営は非常に大事だ。だが今回のようにJリーグの利益を必要以上に優先しすぎると、その何年か後に、確実に代償を払わされるだろう。

この大会、オシムジャパンは正しい方向には進んでいることを示してくれたように思う。(もちろんいくつか課題はある)だが日本サッカー界が、本当に正しい方向、バランスを取って向かっているかは非常に疑問が残った。サウジ戦の敗戦は、その警鐘であったような気がしてならないのだ。

ちなみに草津対アビスパも、かなりの衝撃があったのだが、明日も仕事なので、この辺で寝ます。(次のヴェルディ戦前には書きたいと思います)

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2007年7月22日 (日)

オシムと準備不足のアジアカップ

オシムジャパンはオーストラリアをPK戦の末下して、アジアカップベスト4に進出した。
この大会、日本サッカーは、オシムに他のアジア諸国よりも短い準備期間(6/30まで開催されたJリーグ、初戦のカタール戦(7/9)までは9日間ほどしかなかった)を強いた。だがオシムは、そのハンデを乗り越えて、おそらく最低限のノルマをクリアすることに成功した。
6/18の記者会見では
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/afc_2007_ae38.html
「一つの例だが、日本はアジアカップで対戦する(グループリーグ)3カ国(カタール、UAE、ベトナム)の中で、現在もリーグ戦を戦っている唯一の国だ。つまり直前までだ。十分な準備ができない。それが大きなハンディキャップだとは思わないだろうか。あるいは、ほかの対戦国に失礼だとは思わないか。皆さん、いかがだろうか? 内容か結果かで言えば、私は結果を重視する。ただし、それがどんな結果か、ここで保証することはできない。個人的には、もちろん日本サッカー協会にとっても、結果より内容の方が重要で、しかも将来、長く戦えるかどうかを重視しているのだろうと思う。もちろん両方が伴われているのがよりいいのだろう。サッカー協会として、今のアジアカップに何を期待しているのか。残念ながら、そういうことを理解しているジャーナリストが多いとは言えないのが現状ではないだろうか。
――現地の蒸し暑い気候に対して、具体的にどのような対策を考えているのか
オシム 残念ながら、日本にはサッカーができるような巨大なサウナはない。ある条件で準備するしかない。代表キャンプをベトナムでやりたいが、それもできない。今ある条件の中でやるしかない。時間がないし、選手も集まっていないが、最大限の努力をしておきたい。フィジカルについてもそうだが、まずはメンタルの準備をいかにするかが、日本国内でやることだと思う。もちろん、どんな条件でも(いつものプレーが)できることが理想だが、そういうわけにもいかない。アジアの気候については私より、皆さんの方が詳しいだろう。選手によっては、暑さに強い選手、そうでない選手の違いが出てくるだろう。いずれにせよ日本の選手は、多かれ少なかれ、似たような高温多湿でのプレー経験はあるだろう。頭の中にイメージのビデオカセットがすでに入っていて、どういう感じになるか、対策を立てることができるのではないかと期待している」

とある。繰り返すが、日本サッカー界は、このアジアカップでオシムに十分な準備期間を与えなかった。Jリーグが始まって以来、1996年の加茂、2000年のトルシエ、2004年のジーコの時よりも、はるかに短い準備期間しか与えなかった。日本サッカーにとってアジアカップは、W杯に次ぐビッグタイトルであり、この大会での勝利は、W杯前年で現地南アフリカでのコンフェデを経験できるという特典もある重要な大会のはずだった。だが、この大会で日本サッカーはJリーグの方をかなりの程度、優先させた。
この準備期間では、もちろんジーコでは結果を残すことができなかっただろう。トルシエは1999年のコパ・アメリカのように、敗戦した時に「準備不足」を理由に怒りまくっただろう。だが、オシムは、その経験を発揮してベスト4という最低限のノルマをクリアすることに成功した。時間のない中で、オシムは、やるべきことをやり、不利な条件を克服し、結果を出すことに成功した。
個人的には、オシムにはアジアカップを制してもらい、コンフェデへの出場権を獲得してもらいたいと思っている。だが、一方で、オシムが非常識な短い準備期間でも結果を出したことで、日本サッカーは未来のアジアカップで、大きな代償を支払う、そんな気がしてならないのだ。

2002年のトルシエはW杯本番で中山と秋田というグループとしての結束を生み出すために必要なベテランをメンバーに入れた。あの時は「なぜ俊輔を外したのか?」ということに議論が集中したが、結果的に、あの俊輔外しは成功だったと思っている。(個人的にはメンバー発表で外した時も、論理的には「当然だな」と納得していた)
2006年、ジーコは、トルシエにとっての中山と秋田