ドイツW杯滞在記

2006年8月11日 (金)

やっと敷金が戻ってきました

フランクフルトで借りたアパートの敷金(デポジット)がやっと返金された。ドイツでは、通常、契約終了から4週間後に返金されるという。法律上は6ヶ月以内に返金すればいいらしいから、返金は早かった方なのかもしれない。1200ユーロの敷金から、部屋のクリーニング代金80ユーロと送金手数料が引かれた額に、(1ユーロ=146.03円)で変換されて日本円で金額が戻ってきた。あとは病気治療分の保険金とi-pass利用分の請求がくれば、ドイツW杯の面倒な手続きは終了となる。しかし、結構、長くかかるものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月17日 (月)

ドイツW杯期間中のi-pass利用について

i-pass総利用時間を計算してみた。W杯中一月で、利用した時間は約24時間、利用料金が25円/分(NTTコミュニケーションのホットスポットの場合)なので、料金は合計、約36000円となる。カード決済なので、最終的な精算は8月分でくるもよう。ドイツテレコムの短時間のホットスポット利用よりも、少し高いが、場所によってはぶちぶち切れて、時間内でも、そこで利用が終了してしまうので、使用感としてi-passの方が良かった。2006年、南アフリカがどういう状況か分からないが、きっと利用できる場所も少なくて、さらに犯罪が多いところなので、持っていったノートPCを盗られる(強盗される)人がいっぱいでるんだろうなあ...。やっぱり、南アフリカは、あの犯罪発生頻度の高さでいえば、W杯を開催する資格がないように思える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月14日 (金)

お知らせ(写真削除予告)

「写真」をかなり掲載してるため、現在、ココログ容量のほぼ半分以上を既に使っている状況です。容量節約のため、将来的に「写真」は削除いたします。(次期は未定。ただし2006年7月末までは残しておきます。それ以降はいつ削除するか分かりません)。ということで、写真の方に興味のある方はお早めにお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月13日 (木)

やっと更新できました

ココログが7/11(火)14:00~7/13(木)14:00までサーバーメンテナンスを行っていたため、更新できませんでした。(それでW杯の最後の方は重すぎる状態だったようです)とりあえず、7/9~7/10分の記事と写真を更新してます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月11日 (火)

7/11滞在記、北京~日本

北京では、約5時間の待ち時間があった。せっかくなので、北京空港の観察を始める。中国人は、男は日本人と雰囲気が違うので、すぐに分かるのだが、若い女性の方は、日本人と区別のつかない人間が多い。書店を見ると「CanCam」の中国版(16元)が売られていて、それを参考にしてる女性が多いようだ。その他、旅行ガイドブックも「地球の歩き方」のコピーだし、アイドルDVDも、そのアングルや撮し方が、日本のもののコピーにしか見えない。しかし、20分ほどで、その人に似たフィギュアを作る職人もいて、この辺は、さすがに歴史的に手先の器用さを生かした文化(例:米粒に文字を書く)を作ってきた国だと感じさせる。各国のコピーの氾濫、歴史的文化、経済発展、世界最多の人口、いろんなキーワードがこの国に当てはまる。そして2008年北京五輪に向けて、サッカーもかなり強力に強化を図ってくるだろう。いつになるかは分からないが、将来的に中国は韓国以上のライバルになってくることは間違いない。今回のW杯、日本人と同じくらいの数の韓国人と中国人を見た。あくまで印象でしかないが、8年前と比べると、その人数は3倍近くにはなっているような気がする。国の経済力がついた証拠だろう。金がなくても有力な選手を育成してる国(アフリカ、南米など)も多いが、強化に使う金はないよりはあった方がいいに決まっている。W杯を観戦したことで、間接的にだが、彼らのサッカーも進化するだろう。あの馬鹿会長の元では、世界のトップに追いつくどころか、いつか彼らに置いていかれるかもしれない。そういう危機感を感じている。
自宅には日付が変わった後到着した。TVをつける。北朝鮮のミサイル問題とオシムに関するニュースばかりが目立つ。どうやら川淵会長は、意図的な失言といろんな大きなニュースが重なったことにより、責任問題から話題をそらすことに成功したようだ。日本の蒸し暑さと、この雰囲気にうんざりする。
ともかく4年に一度の「祭り」は終わった。そして、これからJや世界各国のリーグ戦という日常が始まる。同時に4年後の「祭り」に向けての戦いも始まる。日本はマイナスからのスタートだ。その「祭り」をよりよいものにするために、間接的にでも協会と馬鹿会長には圧力をかけ続けるしかないだろう。それぞれができる範囲でできることを考え実行していくこと。それが、我々が「W杯」を楽しむためには非常に重要なのだ。(参加する以上は代表が強くなくてはね。受ける楽しみも半減します。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月10日 (月)

7/10滞在記、フランクフルト~機内、日本へ

ベルリンからのICEは7時にフランクフルト中央駅についた。11:30に不動産屋と待ち合わせして部屋を明け渡す約束なので、あまり時間はない。その後は、20:15発の中華航空でドイツともさよならする予定だ。
シャワーを浴び朝食を食べ荷物をまとめ部屋を掃除したら、11:20になっていた。不動産屋は皿の数とかもちゃんとチェックしていたが、おそらくイングランド人に比べれば、特に問題はないはずだ。ヴィースバーデンの担当とは「物件が決まったら保証金は帰りにキャッシュで戻す」という話でまとまっていたはずだが、どうもフランクフルトの事務所では「ユーロで銀行振込」になっているようだ。そういえば、そこまで話がまとまっていなかった。何せ契約書にサインしたFAXを送信したのが、ドイツに出発する5時間前なのだ。そこまで話できるわけがない。今の都市銀行の口座ではユーロで入金できないはず。名詞をもらい、帰ってからメールで銀行口座を連絡することになった。
帰りの荷物は行きの倍になっている(苦笑)。Tシャツやパーカーなどを買いすぎたかもしれない。ドイツを出発する日に郵送という手も考えたが、結局、全部、持って帰ることにした。そこで中央駅の1ユーロショップでスーツケースより少し小さいぐらいのキャリーバックを15ユーロで購入する。おそらく2,3回使ったら、あとはもたないようなちゃちな代物だが、日本に帰るまで持てば、それでOKだ。
中央駅にて手荷物を預けた後、アパートの大家さんへのおもやげを買うために三越へと向かう。大家さんには郵便物を保管してもらっている。一ヶ月になるとかなり貯まっていることだろう。
三越からレーマー広場への途中にアイントラハト・フランクフルトのFANSHOPがあった。中をのぞいてみるが、そんなに広くない上、W杯関連商品が半分を占めていた。極端にアイントラハトグッズが少ない。シャルケとは大違いだ。高原のユニもまだなかった。早々に退散し、レーマー広場へと向かう。イングランド人、韓国人、オランダ、アルゼンチン、ブラジル、W杯中、いろんな人種が訪れたレーマーも今はサポの姿は一つもない。W杯は完全に終わっていた。人々の顔も、ビジネスマンの顔、店員の顔、いつもの日常の顔に戻っている。中央駅前の店ではW杯関連商品の投げ売りが始まっていた。きっとあと5日もすれば、ショーウインドウはすっかり夏向けや一般の観光客向けの商品へと取って変わるだろう。」空港ではハノーファーのスペイン対フランス戦の時に会った人達と再会する。決勝はやはり「相場が、1枚1000ユーロ」で高くて買えなったようだ。一緒の飛行機かと思えば、彼らはANAの直行便だった。きっと帰りはW杯の話で盛り上がることだろう。帰りの中華航空では日本人の数が極端に少なかった。帰りの到着が遅いため、この便を避けた人も多いのだろう。寂しい機内になりそうだったが、疲れていたため、飯食ってる他は、ほとんど爆睡していたため、すんなり北京まで到着した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 9日 (日)

7/9滞在記、ベルリン

7時に起きて、ベルリンを少し観光する予定だが、起きたら11:00だった(苦笑)。結局、ベルリンには16:00前に到着、友人に勧められていたペルガモン博物館を訪れる。日本語テープ(無料)の解説つきだ。1時間ぐらいですます予定が、終了までの2時間でも、はっきり言って時間が足りなかった。旅慣れた友人が勧めるだけあって良かったが、2時間ではあまり鑑賞しきれたとは言えないだろう。結局、今回、ベルリンは「壁」もブランデンブルク門も見ずに終了する。
軽く夕食をとった後、ベルリン中央駅へ戻り、ブログを更新しようとするが、ココログが混んでいるのかニフティのサーバーが貧弱なのか分からないが、全く更新できない。30分ほど粘ったが、テキスト記事一つでさえ、更新できなかった。
スタジアムではチケ代が高くてスタジアム観戦を断念する。試合をまともに見れたのは後半開始からだ。一日、休養が長かったイタリアの方が、全く動きが悪い。ラインがずるずる下がり、危険な位置からのクロスもフリーで上げさせることがしばしば。黒人たちの個人技を2人、3人がかりで止めるのがやっとという状態だ。「ザマの決戦」どころか、首都ローマを攻められて、いつ陥落してもおかしくない状態が続く。75分過ぎには、半分以上、あきらめていた。しかし延長後半、ジズーが、乱心の末、退場になってしまう。しかし相手が10人になったのにも関わらず、イタリアのペースは上がらない。フランスも将軍抜きでは攻め手を欠き、結局、PK戦となった。そしてイタリアが珍しくPK戦で5人全員決めてW杯を獲得した。ローマ帝国の歴史に例えれば、カルタゴの敵将軍が乱心により討ち死にし、さらに攻略できない内に兵糧がつきてしまったため、ローマが命拾いしたみたいな感じだろうか(苦笑)
この試合、サッカーの神は迷いに迷われたようだ。この試合だけで見れば、間違いなく勝者にふさわしいのはフランスだ。だが大会全体を通してみるとふさわしいのはイタリアの方だった。双方に決め手がない場合、神はPK戦を選ぶのだろう。PKに入った時点で、90年大会から続く(90年PK負け、94年PK負け、98年PK負け、2002年韓国の審判不正工作による負け)イタリアの不運を、サッカーの神様はこの勝利でチャラにしたような気がする。それにしてもジズーは、最後の試合で世界中の人間が注視するW杯ファイナルという大舞台で、頭突きで退場とは...。世界中が唖然としたに違いない。
ともあれ、W杯は終了した。ローマやイタリア各地は、「イッタリア!イッタリア!」の大合唱で凄いことになっているだろう。もちろんファンフェス会場にもなっているカイザー・ヴィルヘルム記念教会広場には、大勢の人が集まってきている。イタリア人、フランス人、ドイツ人の他にも、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、クロアチア、いろんなユニを着た国の人々がそこにはいた。ファンフェス会場でのイベントの他でも、黒人たちによりアフリカンドラムが叩かれ、、あちこちで踊りが始まっていた。「イッタリア!イッタリア!」のコールがあちこちで起き、イタリア国旗を掲げた車も何台も繰り出している。もちろん今夜の主役はイタリア人たちだが、脇役たちもそれぞれの思いを胸に、W杯という4年に一度の「」祭りの終わり」を楽しんでいるように見える。
その祭りの喧噪の中で、ふいに「トッティ」君のことを思い出していた。今大会のイタリアの10番のことではない。93年春、イタリア旅行した時に、フィレンツェからローマへ向かう電車の中で一緒に乗り合わせた「トッティ」君のことだ。フルネームはビンチェンソ・トッティだった。ほぼ同じくらいの年の両者は、いろいろなこと拙い英語で話した。セリエAのこと。始まったばかりの日本のプロサッカーのこと、話はいろいろな内容に及んだ。(「ビンチェンソ」という彼の名前に漢字を当てたりもしたな..)彼はイタリア南部のアキレス腱部分ぐらいにある小さな町(名前は忘れてしまった)出身の青年で、トリノに働きに出てて帰省するところだという。その町のことを聞くと「何もない町だ。フットボールクラブ?今は、3部にいるよ(苦笑)。北のチームは金持ってるから強いけど、南はどこも貧しいんだ。でも海はとってもきれいだけどね」という答えが返ってきた。そして82年スペイン大会の話を聞くと「あの日は素晴らしい日だった。国中が沸き返っていたよ。あれは一生忘れられない思い出だ」と。その時だけは目を輝かして話してくれた。それを聞いて、当時、まだ20代前半だった自分は心底「羨ましい」と思ったものだ。今頃、きっと「トッティ」君は子供と一緒に今回のイタリア代表の快挙に大喜びしてるだろう。人生で2度も「W杯獲得の歓喜」を味わえる人は、世界中でもそういないはずだ。あれから13年後、彼のことを相変わらず羨ましく思う自分がいた。広場では「祭りの終わりの宴」はまだ続いている。きっと朝まで続くことだろう。「死ぬまでに、ぜひこの宴の主役になってみたいものだ。でも今の老害会長が続投すれば、実現しても、その頃はほとんど寝たきりになってるかもしれないなあ...(苦笑)」こう思いながら、フランクフルト行きの電車に乗り込んだのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 8日 (土)

7/8滞在記、フランクフルト

試合開始1時間前、フランクフルトでは雨が降っていた。3決で気合いが入っていないため、TV観戦することに決定する。近くのスポーツバーという手もあったが、ファイナルのために、節約することにした。
3決は、いつも見てることは見てるのだが、どうも気合いが入らない。「なくてもいいんじゃないか」という気もするゲームなのは確かだ。決勝Tを見続けた緊張感が持たないのだ。やる方も、準決勝までの緊張感がないように感じる。今日も、ドイツとポルトガル、双方とも主力を何人か休ませた中で試合は始まる。
試合は予想通りドイツが勝った。ZDFの実況アナウンサーは3点目が入った後「これでパーティーになった」と言ったような気がする。近くのスポーツバーからは、ドイツに点が入るたびに、3点目が入ってからはGKカーンがシュートをはじき返すたびに大きな拍手が起こる。
試合終了後、表彰式が始まる。クリンスマンがメダルを受ける時も、スポーツバーから拍手が起こる。クリンスマンは笑顔だった。重圧と戦い最低限の任務を果たした後の、いい表情だった。スタジアムが暗転し花火が上がる。ドイツ人たちは試合終了後も30分以上帰らないで、選手と一緒に喜びを分かち合っていた。まさに開催国のために用意されていたかのような3決だ。3決では、ファイナルと同じように勝ったチームは、勝利で大会を終えることができる。その意味では「W杯には届かない開催国」が大会を終えるにはふさわしいのかもしれない。そういえば、90年大会のイタリアもそうだった。あの時のイタリア国内の反応はどうだったのかは分からない。しかし、今回の3決ではドイツ人も素直に喜んでいた。
街の様子を伺いに外へ出る。ドイツ国旗を掲げた車が市内を何台も走っている。あのアルゼンチン戦後のベルリンの時ほどの勢いはないが、「ドイチェラント!」コールが起こっていた。PV会場近くでは、フランクフルトのサマーフェスも行われていた。多くの露店が並び、コンサートやベリーダンスも披露されていた。河川敷の遊歩道では、若者たちが音楽をかけて踊っている。、PV会場から流れたドイツ人たちも、我が代表のW杯の終わりを楽しんでいるようだった。ドイチェラントのW杯は終わったが、フランクフルト市民の夏はまだまだこれからだ。
夏祭りは朝まで続きそうだったが、自分は明日のためにアパートに戻った。明日はベルリンへの8時間以上かかる往復とファイナルが待っている。一ヶ月のドイツ滞在も終わりが近づいている。いろいろな事が起こったが、最後はいい思い出にして帰りたい。そう思いながら眠りについた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 7日 (金)

7/7滞在記、ローテンブルク観光

まったくの観光記です。この記事は、サッカー関係の記事ではないです。あしからず。

ローテンブルクに着いたのは16:00頃だった。足の状態も良くなり、朝7時頃起きて観光するつもりだったが、結局、起きたのは11:00だった。ローテンブルクへはフランクフルトからだとヴュルツブルクとシュタイナッハで計2回乗り換える。非常に不便だが、そういう所には、えてしていい場所が多い。地球の歩き方には「ロマンチック街道のハイライトとしてドイツ観光の目玉商品となっている」とある。ただ、そういう場所はイタリアでかなり見てきたので「どんなもんでしょうねえ?」という軽い気持ちで向かった。駅で帰りの時刻表をチェックすると、なんと20:05の電車で最終だった。日帰りする予定できたため、財布には40ユーロほどしか入れてきてない。宿泊するには厳しかった。慌てて観光に走る。結局、見ることができたのは、聖ヤコプ教会と中世犯罪博物館を駆け足で見て、あとは街の雰囲気を味わうのみになる。ハイライトと言うだけあって、結構、いい場所だった。しかし4時間では、半分もローテンブルクを味わってないだろう。ここは彼女や嫁さん(まだ仲が良かったらという条件がつくが..)と一緒に手をつないで歩きたい街の一つだ。おそらくW杯期間中に知り合ったカップルが、かなりの数訪れて、さらにその仲を深めたに違いない。一人旅では現地調達するしかないが、残念ながらその時間もなかった。しかし、ファイナルを観戦するには、かなりの幸運を必要とするので、今日はこのぐらいの運の方がいいのかもしれない。これで「古いチケット」つかまされたり、フランスが準決勝みたいな試合で勝ったら洒落にならないけどね...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 6日 (木)

7/6滞在記、フランクフルトにて左足の養生

昨日だけで電車に10時間近く乗っていたこともあり、左足の状態がいまいち戻らないため休養日にあてる。腰と左足にサロンパスを貼り昼過ぎまで熟睡するとだいぶ状態が良くなる。さらに夕方近くまで寝て、それから中央駅のマックでブログの記事のいくつかを更新した。本日はこれでやめようかと思ったが、さすがにせっかくブログを見に来てくれる方も多くなってるので、ドイツの大衆紙ビルドの記事のいくつかを写真で載せてみる。
フランスW杯の時は「レ・キップ」のお世話になったが、隣国なのにドイツでは売っていない。イタリアの「ガゼッタ・デロ・スポルト」は売っているが、値段が「定価で1ユーロ。ドイツでは1.6ユーロ」ほどして高いので、ドイツではビルドを毎日買っている。大衆紙の割には、使えるサッカー情報がかなり掲載されており、ネットに自由に接続できない状況では非常に重宝している。しかも値段は0.5ユーロ。かわいい熊の写真やセクシーショットも多く、ドイツ語が分からなくても、それなりに楽しめるのがいい。とりあえず「ヒデの引退記事」も見つけましたので、よかったら写真の方を見てください。それでは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧