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2008年3月 7日 (金)

リティ・アビスパ2007総括・終章、リティは2000年の岡田武史になれるのか?

2007シーズン、リティのアビスパでの1年目は間違いなく失敗だった。W杯優勝メンバーとして(2度W杯ファイナルのピッチに立った選手として)の名声も持つリティにとっては屈辱的な失敗だったかもしれない。彼がその失敗を2年目に生かせるかどうかは、分からない。だが過去、どのようにして失敗を成功に変えていったかを考えることは無駄ではないだろう。

名声(知名度)を持った監督が1年目に失敗し2年目に成功したケースとしては、やはり現・日本代表監督岡田武史の札幌時代が挙げられるだろう。彼が、どのようにして1年目の失敗を2年目に生かしたのかをまず見てみたい。

参考資料・2000年12月(ナンバー掲載)の岡田武史インタビュー

1999シーズン(岡田武史が初めてクラブチームの監督に就任して1年目)
昇格候補と見なされながらも5位に終わる。
そしていろんな問題点を改善するために岡田は自身で動いた

1999:フロントと現場がつながってなく(岡田が)孤立していた
2000:フロントと現場のパイプ役として旧友の小山氏(北海道を知る人間)を招聘
その結果、フロントと現場がつながるようになった

1999:予算に対して強化費に充てるべき費用の割合が間違っていた。
2000:監督自身の解体、再構築と同時に札幌というチームに対してもチーム体制の否定と再構築を求める
*予算は10億円、限られた予算の中で戦力の整備に着手した。(ちなみに当時の浦和の予算は27億円、大分は14億円)
・2年だった監督契約を破棄、再契約して自身の給料を下げさせた
・コーチ・スタッフの給料も下げさせる。また別の用途で使われていた法外な金額もカット

1999:リーダーシップを取れる選手の不在
2000:リーダーシップのある野々村芳和を直接電話して獲得。また、その他の播戸竜二なども自分の目で確認してから獲得(1999は岡田自身の目で獲得できた選手が少なかったのか?)また岡田を慕ってやってきた高木琢也も彼なりのリーダーシップを発揮した。リーダーシップのある野々村がいて裏にキャプテンの名塚がいる。背後には御大として高木の存在があった。播戸やエメルソンなどの「跳ね返り」もコントロールできるようになった。選手間のバランスが非常に良くなった。

1999:「W杯監督」ということを引きずっていた。「いいサッカーをやって勝たなきゃいけない」と思っていた。マンチェスターUのような横並びの4バックに魅力を感じてもいた。戦術をやって他のチームに圧倒して勝とうとした。そして10試合の内、3試合は圧倒して勝った。3試合は技術的なことが追いつかず負けた。あとの4試合は勝敗が五分五分の試合になった。これでは確率的にJ1には上がれなかった。チームの戦力の分析と、J2のレベル分析にそったチーム作りが出来ていなかった
2000:札幌は戦力的に劣ってはいないが飛び抜けている訳ではないことを理解。ある程度守備をしてカウンターを狙うという戦い方の必要性を認識する。互角か上の戦力を持つ相手に対しては、ある程度泥臭く戦っていった。
また1999年は「チーム戦術」を重視したが、段階を踏んで「個人戦術」、「グループ戦術」を高めていった。
(こうして見ると、監督・岡田武史の基本的な部分は、この札幌での経験を生かして作り上げられた部分が非常に大きいように思う。監督の部分だけでなくGM的な仕事に踏み込んで札幌というクラブを改革していったことが分かる)

2007シーズン、リティと小林統括の関係は全く良くなかった。(そのそも、統括の意図に反して知名度だけでリティを選んだ都築社長の拙い判断が、大きなボタンの掛け違いの始まりだったのだが...)。リティと小林統括のどちらを取るかで、社長はリティを選択し、アビスパの2008シーズンはスタートした。まずリティはフロントと現場をつなげるために田部氏のフロント入りを要望したはずだ。そしてリティ・田部のラインが確立し、アビスパの改革が始まった。

まずは経営のスリム化と戦力補強だった。岡田札幌は監督・コーチ・スタッフ、その他の費用をカットし、戦力補強に充てた。(11名OUT,13名IN、29名でシーズンをスタート)一方、アビスパは、16名の選手がOUTし、Jリーグ最小の25名体制でシーズンに臨むこととなった。その他にもスカウトや育成部門のリストラも敢行。(これだけのことをやった限りは、リティや社長の給料も下げるべきだが、それはやったのだろうか?)経営をスリム化して、戦力補強に充てる改革を行った。

・リーダーシップのある選手としてルダンを取り、その他、タレイ、グリフィスなどのオーストラリア代表クラスの選手の補強にも成功。また黒部や中払なども経験を生かしてくれるだろうし、GK吉田との競争は神山の成長を促すだろう。またクレア・フィジコや藤川GKコーチも、アビスパの雰囲気を変えてくれるという期待がある。

多くの選手や育成・スカウト部門を犠牲にして、アビスパは2008シーズンのJ1昇格に掛けることになった。当時の岡田札幌とやり方は違う。だがやろうとしたことはよく似ているように思う。その結果、編成自体はある程度成功したように思う。

あとはリティが、去年の反省を生かせるかどうかのように思う。
当時の岡田札幌のように、アビスパの戦力は劣ってはいないが飛び抜けてはいない。上には広島とセレッソがいるし、甲府、湘南、仙台、横浜FC,鳥栖あたりとはギリギリの戦いを強いられるはずだ。リティの理想とするマンUのようなサッカーに固執していては、昇格は無理だろう。ある程度、泥臭く戦うことが昇格への絶対条件だ。そしてキャンプから、まずは守備組織の構築に取り組んできた。
ただし、大池だよりさんでも書かれているが
http://d.hatena.ne.jp/orion1014/20080223/p1#seemore
攻撃的なサッカーを好むリティが「1-0で我慢してゲーム運びができるかどうか」、さらに、シーズンを通してやれるかどうかという問題もあるだろう。
つまり、岡田武史が、「W杯監督」というプライドを捨てて、リアリストに変化していったように、リティも「W杯優勝メンバー」というプライドを捨てて、ある程度のリアリズムを受け入れることができるかどうかが最大の問題なのだ。
今のところ、J1昇格への道をリティは歩いているように思う。方向性は正しいが、長いシーズンにはさまざまな予想外の出来事が起こり、何度もディテールを修正していく作業が繰り返されるはずだ。そして、その修正作業は2007と違いリアリズムあるものでなければならないだろう。J1昇格への長い道は、まだ始まったばかりなのだ。リティに不足している忍耐力もそこでは試されるはずだ。さまざまな艱難辛苦をくぐり抜けて初めてJ1昇格という目標を現実に引き寄せることができる。そのためには「リティの成長」が十分条件になるだろう。

最後に一言

リティ、やれんのか?

まあ、やれなければ、彼の日本での監督生命は終わるだけなのだが...

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