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2007年8月15日 (水)

世界から後退するAFCとアジアカップ

以前、このアジアカップ2007は失敗だったというエントリーを簡単に書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_3052.html

サカマガとサカダイの記事を読み返してみると、いろいろ運営面でまずいことがあったようなので、まとめてみることにした。

まずは開催時期から
*アジアカップ1956(香港、第1回)、9/1~9/15
以下略~

アジアカップ1988(カタール)、12/2~12/18、(日本が初出場した大会)
アジアカップ1992(日本),10/28~11/7、(開催都市:広島)
アジアカップ1996(UAE)、12/4~12/21、(開催都市:?)
アジアカップ2000(レバノン)、10/12~10/29(開催都市:ベイルート、トリポリ、サイダ)
アジアカップ2004(中国)、7/17~8/7(開催都市:北京、重慶、成都、済南)
アジアカップ2007(タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、4カ国共催)、7/7~7/29、{開催都市:バンコク(タイ)、クアラルンプール&シャーアラム(マレーシア)、ハノイ&ホーチミン(ベトナム)、ジャカルタ&パレンバン(インドネシア)、7都市での開催}

ちなみに前回の東南アジアでの開催は、1984年
アジアカップ1984(シンガポール)、12/1~12/15

アジアカップにおける最大の問題は、開催時期だろう。2004中国大会も暑かったが、2007年東南アジア共催大会も、もともと暑い場所なのに、さらに最も暑い時期に行われた。上記に示したように2000年大会まではなるべく暑くない時期を選んでいたように思う。だが、アジアからヨーロッパへ移籍する選手が増大し(1998年の中田英寿以降だろうか?)、2004以前の開催時期だと各国のヨーロッパ組(スタープレイヤー、例を上げれば中田英寿は2000年、2004年のアジアカップには参加しなかった。理由の詳細は不明。だが最も大きかったのは、ヨーロッパのシーズン真っ最中だということが大きいだろう)が参加しにくくなったことで、ヨーロッパのシーズンがオフである時期にやるようになったのかもしれない。だが、アジアの夏は暑い。もともとサッカーは夏にやるようなスポーツではないのだが、高温多湿の夏のアジアでやるには最も不向きだろう。中国大会も暑さでサッカーの質が低下していたが、今回もサッカーの質は低かった。その最大の原因は暑さであり開催時期にあることは間違いないだろう。開催時期を間違えたことで最も大切なサッカーの質は下がってしまったのだ。

開催年の変更:
アジアカップは2004年大会まではW杯の中間年に行われてきた。だが2007年大会からはW杯の翌年に変更されるようになった。W杯の中間年には夏期オリンピックとヨーロッパ選手権が開催され注目度がどうしても低くなることが開催年変更の最大の理由だろう。
だが、この変更には大きな弊害がある。(主にW杯出場を狙う国にとっての弊害だ)
・まずW杯開催直前のインターナショナルマッチデー(以下、IMD)という、本来ならば、W杯に向けた強化試合に費やしたい貴重な機会がアジアカップ予選で、いくつかつぶされてしまうことだ。(2006年のW杯直前には1試合がアジアカップ予選に費やされた)
・W杯出場国にとって、W杯翌年は、まだチーム作りの初期段階にしか過ぎない。W杯出場国という強豪国があまりチームとして成熟してない状態での開催は、サッカーの質の低下を招いたことは間違いないだろう。
W杯の中間年に開催された場合、アジアカップの予選(格下相手の予選)を通じて、立ち上がったばかりのA代表は、成熟を図っていくことができる。(トルシエの時がそうだった)。そして十分に成熟への準備期間(約2年)を与えられた中で開催されるアジアカップでは、翌年に行われるW杯最終予選での課題をチェックするいい機会でもあった。サッカー的に見ればアジアカップとW杯とのサイクルがうまくはまっていたように思う。だが、W杯の翌年では、サイクル的にうまく行かない。AFC的には、開催時期をずらすことでより注目を集めようとしたのだが、注目を集めたとしてもあのサッカーの質では、かえって逆効果だろう。さらに、2010年のW杯本大会でも、3カ国(イラク、サウジ、韓国)以外の出場国には、W杯開催直前の貴重なIMDを使って行われるアジアカップ予選は強化の妨げにしかならないだろう。AFCの地位向上のためにはW杯出場国のW杯本大会での好成績が必要だろうが、AFCは、その国々の足を引っ張りかねない改悪をしたとしか思えない。

なお、この件とは別の問題だが、このアジアカップで3位までに入れず、次のアジアカップ出場権を獲得できなかったことで日本サッカー協会が被る経済損失は約30億円になるらしい。(SM1148号の三浦憲太郎氏による記事から)。
・次の2011年アジアカップへ参加するための予選が6試合。予選はAFC主催のため日本サッカー協会には大きな収益にならないこと。さらにアウェーの遠征費が持ち出しになること。親善試合1試合で5億円の収入をもたらすが、それが6試合分消えること。さらに予選6試合を組み込むためにJリーグの日程にも負担がくることなど。次回のアジアカップへの出場権を獲得できなかった代償はかなり高くついたようだ。
このアジアカップで3位以内に入れば「次回大会の出場権を獲得」ということが、いつ決まったのかは定かではない。(不勉強なせいもあるだろうが、個人的にはこの大会中に初めて知った)。もし、早い時期に決まっていたのであれば、なおさら、6/30のJリーグの日程をずらすべきだったのだろう。もちろん、ずらしたからと言って、必ずしも3位以内に入れた訳ではないと思う。だが、日本サッカー界がアジアカップを舐めていたことが、予想以上に高くついたことだけは間違いないように思う。
・さらに言えば2007年大会では日本は前回大会優勝国ながら、開催国が4カ国になったため、アジアカップ予選を6試合戦わなければいけなくなった。これまでの大会では優勝国はシードされていたのが、その特典が奪われたのだ。そのことによって日本サッカー協会は30億円ほどの損失を既に受けている。
前回の中国大会でも日本は最も暑くそして反日感情の高い重慶で主に試合を行った。そして今回のハノイも最も暑い開催都市だった。(他の開催都市では試合開始時の気温がだいたい30℃ぐらい、だがハノイでは約35℃ほどが多かった。この盆中の都内で一番暑い時間帯(12:00~14:00ぐらい)にサッカーをやれというのが大間違いだ)。そういう意味で日本サッカー協会には、良い意味での「政治力」が欠けていたように思う。

さらにサッカーの質の低下に拍車を掛けたのが、AFCのマネジメントの失敗だろう。
これを読むとAFCには陸続きでもない4カ国共催をマネジメントする能力がなかったことがよく分かる

★7/21にバンコクで準々決勝を戦ったイラクのクアラルンプールへの移動が7/23になってしまった件
AFCは「指定ホテルは7/22は満室のため移動日を7/23にチェンジしたらどうか」とイラク選手団にアドバイス。しかし移動のフライトは満席のため31人と9人の二手に分かれて移動。第1陣が到着したのは7/23午後5時前、しかしホテルの部屋は8部屋しか用意できず。全ての部屋が準備できたのは午後8時半すぎ。練習時間は当初の午後7時半から10時に変更。しかし練習場はホテルから車で1時間のシャーアラムスタジアム。練習を終えて夕食をとった時には、日付が変わって午前1時半を回っていた。この最大の原因は7/22に敗退したイランの代表選手団の部屋(チェックアウトは7/23夜)をイラクに割り当てようとしたためだ。その行動の最大の理由は経費節減のためだいうことで、開いた口がふさがらないものだった(SD909の森本高史氏の記事より)

★7/22に準々決勝を行ったサウジのハノイへの移動が12時間かかった件
・元々、ジャカルタ-ハノイには直行便はなかった。そこでまず7/23の午前9時のフライトでジャカルタからクアラルンプールへ。(クアラルンプールからハノイまでで、AFCがサウジ選手団に用意したのはエアーアジアでのフライト。全席自由の格安航空会社のフライトで積載量制限や欠航のリスクもあるものだった)クアラルンプール到着後、車でエアーアジア用の飛行場に移動したが、そこには「飛行機がなく」4時間ほどのすったもんだの末、荷物が行方不明になるおまけ付きでチームは夜8時頃にハノイに到着、実質的に中1日で日本戦を迎えるはめになった。これもAFCが経費削減のためにとったマネジメントで選手団に負担をかけた例になるだろう。
★最後に日本のパレンバンへの移動
ハノイにて7/25の準決勝サウジ戦に敗れた日本は3決会場のインドネシア・パレンバンへの移動を余儀なくされた。7/26昼にハノイを出発、まずはマレーシア・クアラルンプールへ移動、さらに乗り継いでインドネシア・ジャカルタへ移動(12時間かかったそうだ)、ジャカルタの空港近くのホテルで1泊。7/27早朝の便でパレンバンへ向かう予定だった。だが、AFCの手配ミスで、一度確保していたパレンバンへの早朝便がキャンセル扱いとなっていた。(韓国は7/26にクアラルンプールで練習後、直行便でパレンバンに到着した模様)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/asiancup/2007/p-sc-tp2-20070727-233027.html
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2007/07/28/02.html
結局、夕方の最終便を確保し、日本選手団がパレンバンに到着したのが午後9時半。さらにAFCの不手際でホテルの部屋数が確保されておらず選手は全員二人部屋にスタッフ11人はオシム監督が使う予定だったスィートルームに押し込まれる始末。さらにはAFCが水も用意してなく、あわててスタッフは水をスーパーに買い出しに行く。公式練習が始まったのが午後10時過ぎ、練習を終え、選手バスがスタジアムを後にしたのは、7/28に日付が変わる直前だった。この状況で翌7/28の韓国戦に臨むようにしたのは、AFCの完全なマネジメントの失敗だろう。

AFCの詳しい内情は分からない。だが、4カ国共催という非常に難しい方式を取るのであれば、開催都市間に直行便がない移動スケジュールは避けるべきであったし、もし各国協会の力関係でできないのであれば、直行便をアレンジするべきだった。だがAFCには金(予算)がなく、経費節減のしわ寄せが選手団に直接影響を及ぼした。さらにマネージメントのまずさが、選手の負担を増大させた。そのことが試合の質に及ぼした影響ははかりしれないだろう。(もしUEFAの担当者が、このスケジュールを見れば「冗談のようなマネージメントだ!」とダナ・ホワイトばりにつぶやいたに違いない)

結局、AFCにはこの難しい4カ国共催のアジアカップを運営する能力も予算もなかった。そのことでサッカーの質を落とし、結局は、世界にアピールすることに失敗した。AFCは目先の利益のために、多くのものを失ったのだと思う。AFCは世界に追いつくためにアジアカップの改革をしたのだろうが、個人的には、これらの変化は「改悪」でしかなく、世界から後退したに過ぎないように感じる。この運営を見る限りアジアサッカーは、ますます世界から遠ざかっていくような気がしてならないのだ。

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コメント

はじめまして
東南アジアに10年程在住していた者です。
東南アジアについては緯度により若干違いますが日本の四季の概念はあてはまりません。
夏の時期だから最も暑いとは言えないのです。
地形と偏西風の影響で雨季の時期も地域により違います。
言ってしまえば1年中サッカーに適さない地域だと括ってしまった方がいいと思います。

投稿: kh | 2007年8月17日 (金) 12:42

こんにちは。ご指摘ありがとうございます。調べて見ましたが、今回の開催都市についてはほとんどが熱帯雨林気候のようですね。ということは雨期に入る直前の乾期の時期が一番暑いことになりますね。(インドとタイに旅行したことあるのに、忘れていました)
なおハノイだけは(ホーチミンも熱帯雨林)四季があるようですね。ネットで見てみましたが、アジアカップ時のハノイは、どうやらサッカーをやるのにふさわしくないことは間違いないでしょう。その他は、雨期に入っているようなので、まだましなようですが、ともかく東南アジア自体が1年中サッカーに向いてないというのは、ほぼあてはまるんでしょうねえ。

投稿: nettaro | 2007年8月18日 (土) 00:29

一見者の私のコメントにご丁寧な対応有難う御座います。
今後もブログ楽しみにしております。
よろしくお願いします。

投稿: kh | 2007年8月19日 (日) 22:53

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