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2007年8月

2007年8月31日 (金)

再び迷宮に入ったリティ

アビスパ0-1湘南

    リンコン
久永   アレ   田中
     久藤  宮崎
       布部
柳楽  亨  弟
   GK神山

控え: GK六反、 長野、川島、恭平、モンゴル長谷川

湘南
   原  マルケス
加藤         アジエル
    坂本  北島
尾亦、斉藤 ジャーン 山口
   GK金

主審:岡田正義

リティの対湘南戦のポイントはアジエル対策だったようだ。前半は久藤がアジエルをケア、次に柳楽、最後に川島が、マークする形となる。

第2クールの連敗も京都戦で2点差をひっくり返されてから始まったが、どうやら、この前の京都戦での敗戦は、またも連敗スィッチを押してしまったのかもしれない。前回も書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/08/post_224f.html
リティは、守備的にバランスを変える時の修正がうまくない。修正しようとすればするほど、さらに機能しなくなっていく。
その最大の原因は、バランスを変えたにもかかわらず同じ選手たちだけでやろうとすることだ。ヨハン・クライフは「選手が活躍できないのは、その選手に力がないか、適切なポジションで使われてないか、そのどちらかが理由だ」と言っていた。最大の間違いは布部(布部の適切なポジションは第2ボランチ~FWでの起用だろう)のCB起用だろう。(宮本の左CBも危なっかしかったが)この試合では、久藤をアジエルのマンマークに起用することで、久藤は消耗し、その最大の武器である「パス出し&飛び出し」の能力が消えてしまった。(この試合の湘南は確かに強固な守備ブロックだったが、崩せなかったのは久藤が機能していなかったということも大きいように思う)。もちろん育成段階において違うポジションを経験させることは重要だろう。だが、布部や久藤のような非常に経験のある選手に苦手な役割をやらせる必要はない。マンマークならば柳楽の方が向いてるだろうし、CBなら布部より長野か川島の方がいいだろう。奥寺康彦はドイツのプロクラブの印象を「各選手の長所だけをつなげていく感じであり、苦手で失敗しそうなことはやらない」と書いていたが、リティを見る限り、奥寺康彦の分析は間違っていたのだろう。
リティは早い段階で選手を見切り、完璧にレギュラーとサブに分けてしまった。彼の中では強固な序列があり、現在、使われている選手は、リティの信頼順に出しているかのようだ。バランスを変える場合には選手を変えるのが普通だが、今のリティには、その当然のこともできてないのだ。そのことがチームのバランスを崩してしまう。その選手の長所を発揮させて組み合わせるシステムではなく、短所も組み合わせてシステムを組むため、チームが機能しなくなる。このシーズン、それを繰り返してきた。(リティの選手起用は、ある意味、ジーコに似ているのだ。リティは目の前の勝利しか見ていない。監督としては当然でもあるが、サブやサテライトの活性化、チーム内での競争がないところでは、長いJ2を勝ち抜くことはできないだろう)
カミカゼシステムは、下位チームには非常に有効だったが、研究された後の上位チームには通用しなくなってしまった。バランス的には、このメンバーでは、やはり開幕からの前線から積極的にボールを奪いに行く4-2-3-1が良かったのだろう。だが、開幕時のリティには攻撃の構築しか頭になく、攻撃面ではあまり機能しないホベルトの重要性を理解できず切ってしまった。おそらく、ボランチの位置で高い守備能力を持つ選手の不在が、アビスパのここまでの迷走の一番大きな原因だろう。上位チームに全く勝てない最大の原因でもある。
リティの迷走は、ホベルトを切った時から運命づけられていた。そしてベストバランスを求めてシステムを修正していくが、その答えは、とうとう見つからないだろう。ホベルト&金古&古賀誠史、昇格するために必要な材料は、揃っていた。だがリティは自ら、それを手放してしまったのだ。
リティは第2クールと同じようにこれから迷宮に入るだろう。彼が、ここから修正する術を持っているかどうかは分からない。個人的には第4クールで久藤が次に累積4枚たまり3試合欠場するときに、アビスパのシーズンは終わるような気がしている。

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2007年8月29日 (水)

守備的にバランスを変えることができないリティ&クルーク

京都4-3アビスパ

    リンコン
久永  アレ 宮崎  田中
       久藤
チェコ 亨  布部  弟
    GK神山
控え:GK六反、柳楽、長野、恭平、長谷川

チェコ退場後
     リンコン
       アレ  宮崎
久永          田中
         久藤
   亨  布部   弟
     GK神山

後半開始、久藤→柳楽

      リンコン
   アレ    田中
           宮崎
        布部
久永 亨 柳楽 弟
    GK神山

京都
  アンドレ パウ
        徳重
斉藤       倉貫
      石井
三上 チアゴ 角田 平島
   GK平井
審判:柏原丈二

あまりにひどい試合で、しばらく書く気になれなかったが、2日経って、やっと落ち着いたので、少しまとめてみることにした。

リティの間違いの始まりは、早い時間(?、最初から4バックかどうかは分からない。もし最初から4バックだったのなら、CBの人選を完璧に間違えてると思う)に布部を下げて4バックにしたことだろう。京都のパウリーニョ&アンドレという強力な2トップ相手では布部のCBは、やや荷が重すぎた。さらに久藤のワンボランチ(アレックス&宮崎の2シャドーは攻撃面では機能した。だが、守備面でのリスクが大きすぎるものだった)にしたことでバイタルエリアに多くのスペースができ、京都に、数限りなくそのスペースを使われることになった。前半は1点しか取られなかったが、それは神山の頑張りと幸運以外のものではなかったように思う。
チェッコリ退場後、3バックで前半を終わらしたアビスパだが、後半開始、リティは久藤に代えて柳楽を入れ、4バックに変更した。これがリティはディフェンスを強化したつもりだったが、それが全く機能しなかった。逆に京都に攻められまくる原因ともなった。
まず久永を左サイドバックに下げたことで、平島が自由にアビスパの左サイドを駆け回ることになった。この時点でアビスパは両翼のうち一つを無くしたのだ。さらに柳楽では、アンドレのポストプレーやヘッドでの競り合いに対処することができなかった。高さのないCB陣の代償は73分のチアゴの決勝ゴールの場面で柳楽が競り負けたシーンに象徴されるだろう。そして最も大きかったのは、こういう非常に難しいゲームで、経験のある久藤を下げたことで、ゲームコントロールを放棄したことだろう。さらにパスの出所がなくなったことで、カウンターから点を取りゲームを決めてしまうことも全くできなくなってしまった。あとは10人対10人なのに京都相手にサンドバック状態と化し、逆転されるのを待っているような状況になってしまったのだ。
リティ&クルークはシステムを攻撃的に変化させる時は、有効な方法論や手段を持っているように思う。だが、バランスを守備的に変える場合、そのバランスの取り方がまったくなっちゃいないのだと思う。それはあくまでバランスの問題だ。リティの相棒がクルークではなく、アウゲンターラーかギド・ブッフバルトであるならば、こんなバランスの取れないシステムチェンジはやらなかっただろう。
個人的には、徹底的に守備に回るならば、山形弟(田中)&宮崎を下げて長野&柳楽を投入する。

      リンコン  アレ
久永                     田中(弟)
       布部  久藤
   柳楽  亨  長野
      GK神山
のように3バックで長野はアンドレ、柳楽はパウリーニョを主に見る。久永&田中はウィングではなくウィングバックに下がり京都のサイドの攻めに対応する。バイタルはベテランコンビでケアさせ中央でゲームコントロールしてもらう。そしていい形でボールを奪えば、リンコン&アレックス+もう1枚でカウンターからトドメを刺す。

この試合、様々な敗因があると思うが、最も大きいのはリティの守備的にシステムチェンジする場合のバランスの取れなさだろう。それは第2クールでの連敗での最大の原因でもあった。その傾向が修正されてないことは、この試合で明らかになった。
カミカゼシステムのリスクは、CBの人選と守備的に強いボランチの不在に集約される。今での相手では、そのリスクは結果には直結しなかった。京都相手では、そのリスクが露呈したに過ぎない。それはリティが相手に敬意を表していないことの現れでもある。
京都戦はもう1試合残っているが、この課題を解消しない限り、例えJ1に上がれたとしても、また1年で戻ってこざるを得ないだろう。リティが名監督と呼ばれるために、歩かなければいけない道のりはまだまだ長いに違いない。

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2007年8月28日 (火)

2007年8月26日の柏原丈二

京都vsアビスパ戦、この試合で、自分を苛立たせるものが3つ存在した。一つは寄りすぎて「ボールがない所の動き」が全く分からないスカパー!のカメラ。二つ目はリティの采配。最後にこの試合で主審を務め主役の座を強奪した柏原丈二の笛だ。

まずはジョージのWIKI
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8F%E5%8E%9F%E4%B8%88%E4%BA%8C

西村雄一といい家本政明といいこの柏原丈二といい、 地位的には日本サッカー界トップレベルでいなければいけない「スペシャルレフリー」(SR)に、問題点が非常に多いレフリーがいるという事実。このことが「日本サッカーの進化」の妨げになっていることは間違いないだろう。

2007年8月26日の京都vsアビスパ戦、ジョージは両チームに、レッドカード2枚、イエローカード8枚のカードを提出した。WIKIで問題に上げられている。
・とにかく笛が多い
・カードを乱発する
・異議を一度でも受けたり、少しでも試合が荒れてくると、試合をコントロール出来なくなる

その全ての問題点、ジョージの特徴が遺憾なく発揮された試合といっていいだろう。
特に酷かったのが、試合後のスカパー!の「アフターゲームショー」で
平島が「主演男優賞を貰ってもいいかなぁってくらいの演技で相手を退場させて」とコメントしたチェッコリの退場場面と、宮崎が69分の接触してバランスを崩して倒れただけなのに、ダイブと見なされてカードを出された場面だろう。
彼はプレーの真偽を見抜く目を持っていない。多くの経験を重ねた上で、このような試合を乱発させるのだから、おそらく、この先も持つことはないのだろう。家本同様、彼も審判という職業に適性がないのだ。だがJリーグは彼にSRという地位につかせてしまった。プロとしての適性がない場合、サッカー選手の場合は、早い段階で首を切られるだろう。だがJリーグでは審判は違う。彼らSRは保護され、次の試合も笛を吹かせてもらうことができる。だが適性がないために、彼は笛を吹きまくりカードを乱発し試合を壊し続けるだろう。そして待ってるのは選手・監督・サポーターからの罵倒だ。ジョージの審判生活は常に罵倒されるだけの生活なのかもしれない。適性のないものが、その地位に居続けることの不自然さと不幸が、そこにはある。

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2007年8月26日 (日)

京都vsアビスパ戦、スカパー!で、ど素人がカメラ操作中!

現在、アビスパが2-0でリード中だが、スカパー!のTV画面が寄りすぎで、全く、ボールがないところの動きが分からない状態。おそらく、カメラ操作は、サッカー放送ど素人か、サッカーに無知な人間がやっているのだろう。
あまりに不親切で暴力的なカメラワークに、せっかくの大一番のTV観戦を台無しにされた気分だ。

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2007年8月23日 (木)

山形戦、成熟してきたカミカゼシステム

アビスパ 3-0 山形

   リンコン
久永 アレックス 田中
  久藤  宮崎
    布部
 チェコ 亨 弟
   GK神山
控え:GK六反、長野、柳楽、恭平、林
主審:砂川恵一

前半25分より4バック移行(山形のサイド攻撃に対応するため)
          リンコン
久永      アレ    田中
    久藤      宮崎
チェコ 亨 布部  弟
     GK神山

後半開始
      リンコン
久永        田中
     アレ  宮崎
        久藤
チェコ 亨 布部  弟
     GK神山

77分ぐらい(田中&久永OUT、柳楽&恭平IN)

       リンコン
恭平  アレ   宮崎
     布部 久藤
チェコ 亨 柳楽 弟
    GK神山

リティと久藤の話なども参考にするとアビスパのフォーメーション変更は、上のようなかんじだろうか。
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_fdf9.html

この試合でのアビスパは、マイナーチェンジも含めれば、フォーメーションを3回変更した。
3バックでのアビスパは、3バックの横や裏にスペースがあり、特に水戸戦ではチェッコリのサイドから相手の攻撃を受けていた。そのスカウティングの影響だろう。山形も臼井を中心にアビスパ左サイドを突いてきた。
そこでリティは3バックから4バックへの変更を決断する。山形のやり方に対応したやり方だ。変更してしばらくはあまり良くはなかったが、時間が経つにつれ機能していく。
ゲーム中でのシステム変更を成功させたのは、久藤の能力、布部のポリバレント性が大きいだろう。
攻撃面では、このメンバーが、今のベストバランスなのだろう。田中&久永の両サイドの能力は元々高い。だが、この試合では、アレックス&宮崎+リンコンのコンビネーションが非常にうまく働いていた。リンコンのポストプレー、アレックスの機動力と決定力、宮崎のスピード、そして久藤のゲームメイクが組み合わさった攻撃は非常に破壊力があるだろう。この中央のコンビーネーションに田中や久永が両サイドから加わる動きを見せれば、おそらくJ2では止められるチームはないだろう。ワールドクラスの攻撃的MFだったリティにふさわしい非常に攻撃的なサッカーだ。
だが、非常に攻撃的であるということは、同時にディフェンスに多くのリスクを抱えているということでもある。だが「問題はリスクが大きいかどうかではなく、機能しているかどうか」なのだ。そしてこの試合では、山形相手でも機能させることができた。(逆に言えば、山形のチーム&選手に相手のシステム変更に瞬時に対応できるだけの経験・成熟さがなかったということも言えるかもしれない)
リスクは、まず3バック時は亨以外は、本職のCBではないこと。さらに4バック変更時の布部のCBだろう。もちろん布部の能力は高いし経験もある。だが、元々はCBの選手ではないし、CBでの経験も非常に少ない。布部(他のチェッコリや山形辰もそうだが)のCBはアジアカップでの阿部勇樹を連想させるのだ。アジアカップでの阿部は、カタール戦でのセバスチャン、そしてサウジ戦での相手FWに対して、専門職でないことの弱点を露呈した。次回の京都戦ではパウリーニョ&アンドレ(田原)という非常に強力なFWがアビスパのDFラインと対峙するだろう。アジアカップでのサウジ戦と同じようなことがアビスパDFにおこることは十分に想定しておくべきだろう。
あとは4バック変更時のボランチのディフェンス能力が挙げられるだろう。3バック3ボランチに変更したのは、バイタルエリアのディフェンスに問題があったからだった。4バックに変更した場合は、その問題が復活してくる。久藤も宮崎も非常に能力が高く経験もある選手だが、第一ボランチ(守備の強い、潰し屋タイプ)の選手ではない。劣勢の場合のディフェンスには、かなり厳しい状況に陥るだろう。京都には湘南のアジエルや仙台のロペスクラスの選手はいない。だが徳重、倉貫、渡辺、中払あたりの能力の高い選手を押さえるのは容易ではないはずだ。
京都相手にリスクの大きさが露呈する可能性はこれまでの相手に比べるとはるかに高い。リティが、そのリスクをどう考えるのかは分からない。チームはうまく行ってるし選手達にも自信がある。いくつかのオプションを用意しながらも、このメンバーでの3バックで臨むだろう。間違いなく非常に難しい試合になる。だが全員が集中しハードワークを90分続ければ、アビスパにとって良い結果が得られるような気もしている。だが、もし残念な結果になったとしても、それで終わりではない。京都戦の後は、湘南(H)、鳥栖(A)、セレッソ(H)、ヴェルディ(A)と昇格争いのライバル達との戦いが続く。個人的には、京都戦で後遺症の残るような負け方だけはしないことを祈るのみなのだが...。

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2007年8月22日 (水)

単なるメモ・夏の甲子園・佐賀北、インスタントさと成熟?

(このエントリーは単なる思考のメモです。論理的にはとびまくっています。この暑さで思考がボケ気味なのです
夏の甲子園が終わった。ここ最近のいつもの年と同じように1試合も見なかったが、佐賀北高校が優勝した。大会前、全く優勝候補に上がることはなかったチーム。昨年の佐賀県予選1回戦負けのチームが全国の最高の大会を制したのだ。高校サッカー(高校選手権)ではありえないだろう。もちろん高校ラグビー(花園)ではもっとありえない。番狂わせが起きやすいスポーツとしては「高校野球>高校サッカー>高校ラグビー」の順番だろう。(高校ラグビーは1998年から関西勢しか優勝していない。2007年の盛岡商業はびっくりしたが、15回目の出場で東北では強豪だった。1994年に佐賀商業が夏の甲子園に優勝したことがあったが、今回は、それに似たような感じだろう。高校野球も、あの時までは、よく見ていた)
サッカーの場合は、最も価値があるリーグ戦ではホーム&アウェイで、1シーズンを通して戦う。おそらく、その方式が、最も公平なのだろう。(ラグビーのトップリーグは基本的に1回戦総当たりのようだ。それが最も公平かどうかは分からないが、ともかくリーグ戦の段階では2回以上は対戦しないことが多いようだ)プロ野球のペナントレースの場合は約130試合ほど戦って、その成績でリーグ覇者を決める。(かつてのセリーグ、今はどうだが知らない)。1試合だけであれば、投手が良ければ、どんなに力の落ちるチームでもある程度勝負にはなるからだ。そういう意味で、多くの試合をこなして優勝チームを決める方式が、最も公平なのだろう。
そういう意味で、高校野球の勝者は、必ずしも最も力のあるチームとは限らないパーセンテージが最も高いのだろう。もちろん佐賀北の選手たちは、一生懸命努力してきたのだろう。だが、この夏の甲子園でベスト8のチーム全部でホーム&アウェイで14試合戦った後、佐賀北が頂点にいる可能性は、ほぼゼロに近いだろう。高校ラグビーでは一致する可能性が高い。
甲子園では、ある意味、運と勢いが大きく左右する場合が多い。そういう大会に、長い間、多くの日本人は夢中になってきた。確かに僕も夢中になって見ていた時期もあった。だが、1年を通して争われるリーグ戦のおもしろさ、同じカップ戦でも、W杯で見せる伝統国の歴史と凄みを体験してしまうと、どうしても夏の甲子園が、非常にインスタントなものに見えて仕方がないのだ。だが、それは長い間、ジャパニーズドリームの一つでもあった。朝日新聞が、執拗にプロモーションをし、それが日本人に定着し、そして歴史を作り出してきた。初々しさ、若さ、勢い。その一方で欠ける成熟。そしてたびたび発動されるスターシステム。それらは日本がW杯で優勝するためには、全く不要なものだろう。だが、NHKは毎試合、生中継をし、定食屋のTVでは流れ、そして暇な公務員のおじちゃんは、仕事場のTVで、かじりつけで観戦するだろう。
明日、佐賀市内には朝日新聞(「もっと読め」と主張する)の多くの旗が飾られ、そして市民は熱狂的に選手達を迎えるはずだ。だが、あくまでそれは一過性のものにすぎない。例えば、何十年か後、サガン鳥栖がJ1で優勝した時にも、同じような熱狂が市民を包むだろう。 その時に、サガンと多くの歴史を共有してる市民の喜びは、明日の佐賀北への熱狂とは「重み」が違うことに気が付くに違いない...。
(あくまでメモ、未完成)

なお、この暑さで夏バテ&ボケしていますが、山形戦は、京都戦前にはなんとか書きたいと思います。カメルーン戦&ベトナム戦&ナイジェリア戦は、未定。

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2007年8月18日 (土)

気候面から見たフランスW杯における開催国の有利な日程の組み方

しつこいようだが、長期の大会で、気候面の違いがもたらすものについて考えてみたい。
W杯においては、1998年のフランス大会で、開催国フランスは自国開催の利点を生かし、フランス代表に非常に有利な日程を作ることに成功したように思う。

まずはフランスの月別気温をみてもらいたい。
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/france.htm#Marseille

       パリ6月、7月、、マルセイユ6月、7月
平均最高気温(℃)21.8、  24.4、          26.1、 29.5、
平均最低気温(℃)13.3、  15.5、          16.0、 18.7、
        リヨン6月、7月
                23.5、 27.0
                 13.1、 15.6
北フランスのパリと南フランスのマルセイユでは約5℃の違いがあり、パリとリヨンでも約2℃ほどの差が存在する。フランスW杯当時、現地には開幕から決勝T1回戦までしかいなかったが、起点をおいていたパリとマルセイユ&モンペリエなど南フランスでは暑さが全然違っていたことは体感していた。

次にフランスW杯の時の日程
決勝T1回戦
6/28、フランス 1-0(延長戦)パラグアイ(ランス、北フランス)
6/27、イタリア 1-0 ノルウェー(マルセイユ)

準々決勝
7/3、フランス 0-0(延長PK)イタリア(サン・ドニ)
7/4、クロアチア 3-0 ドイツ(リヨン)

準決勝
7/8、フランス 2-1 クロアチア(サン・ドニ)
7/7、ブラジル 1-1(延長PK) オランダ(マルセイユ)

決勝、7/12、フランス 3-0 ブラジル(サン・ドニ)

フランス代表は決勝Tに入ってからは、まず北フランスのランスで試合をして、あとはパリ近郊のサン・ドニにずっと居座った状態だった。対する相手はより気温の高いマルセイユ、リヨンで試合をさせ、そして必ずサンドニまで長距離移動させる日程であることが一目瞭然だろう。フランスは対戦相手を暑いマルセイユでじっくり焼いて疲労させた後で対戦するという作戦を組んでいた。マルセイユで試合をした場合とサン・ドニで試合した場合、暑さの違いにより、マルセイユで試合をした方がより疲労がたまるだろう。
もちろん、これは細かいディテールにしか過ぎない。だが、力の接近したビッグマッチにおいては、この細かいディテールの違いが勝敗を分けるのもサッカーという競技のもつ一面であることは間違いないだろう。1998年のフランスは勝つために日程面においても万全に準備していた。そして代表チームとジャッケは、運を味方にしながらも、それを結果に結びつけるだけの実力があったということなのだろう。

ちなみに、2004年のアジアカップにおいては開催国・中国が、この気候面の違いを利用しようとしたように思う。
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/china.htm

      7月(最高気温)、8月(最高気温)
北京、  30.8℃、         29.4℃
済南、  記録なし、地理的にみれば北京と同じだと思われる
成都、  30.0℃、         29.9℃
重慶、  33.6℃、         33.9℃

中国はこの4つの中で比較的涼しい方である首都・北京にて、グループリーグ3試合、準々決勝~決勝まで、全6試合を行うという移動日が1日もない、非常に恵まれた日程を組んできた。

準々決勝
7/30、中国 3-0 イラク(北京、イラクのグループリーグは成都。なお、中国のグループリーグ最終戦は7/25、イラクは7/26という、1日遅い上に移動させるという非常に不公平な日程だった)
7/31、イラン 4-3 韓国(済南、イランのグループリーグは重慶)

準決勝
8/3、中国 1-1(延長PK)イラン(北京)
8/3、日本 4-3(延長)バーレーン(済南、日本は重慶より移動)

決勝、中国 0-2 日本(北京)

中国は日程面でかなり開催国有利な日程を組んで優勝を狙ってきた。だが、その時の中国サッカー界には、それらのディテールの違いを結果に結びつけるだけ成熟していなかったということなのだろう。

なお、これから先はあくまで妄想だが、
もし日本が次にW杯を開催する場合、本気でW杯優勝を目指すならば、日程面で試すべきことを提案したい。フランス方式になるが、日本は決勝Tに入った後は、涼しい札幌から動かない。対戦相手には日本と当たる前には必ず暑い沖縄あたりで試合をしてもらうという日程を組む。暑い中で疲労を蓄積させ、さらに移動させた上での対戦は、試合の時にいくらか日本に有利に働くことは間違いないだろう。
これは今の段階では妄想でしかない。ドイツW杯で、視聴率を優先させるために日本代表を「夜の試合」からわざわざ「消耗の激しい昼間の試合」に変更させる日本サッカー協会と広告代理店の現体制では、とうてい受け入れられることはないだろう。(おそらく代表は関東:関西=2:1の割合で往復になるような日程を組まさせるような気がする。気候面では、あまり有利さが出ない日程だ)

おそらくこの案と似たような日程が組まれる時は、日本サッカーが成熟した時であるに違いない。だが、2007年のアジアカップにおいて、気候面がサッカーの質に及ぼす作用については、一部を除いて議論に上がることもなかった。多くの人々は、空調の効いた室内でTV画面越しにオシムジャパンの戦いぶりにフラストレーションをためるだけだったように思う。(もちろん代表の戦い方自体にも問題は多くあったことは間違いないのだが)
その代表が「とくダネ!」の小倉智昭であった。彼は多くの「普段よくサッカーを観てない人々」の典型的な代表例であるのかもしれない。少なくとも彼が世代交代するまでは、日本サッカーが成熟することはないのだろう。

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2007年8月17日 (金)

「世界から後退するAFCとアジアカップ」について、気候の補足

http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/08/post_d27a.html
このエントリーに関して、khさんより、ご指摘いただきましたので今回の開催都市の気候を調べてみました。

バンコク
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/thailand_bangkok.htm

クアラルンプール
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/malaysia_kualalumpur.htm

ジャカルタ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/indonesia_jakarta.htm

ホーチミン
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/vietnam_hochiminh.htm

ハノイ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/vietnam_hanoi.htm

パレンバンとシャーアラムが無かったのですが、どちらも熱帯気候なのは間違いないでしょう。ということはハノイ以外は熱帯気候。熱帯気候では四季がなく雨期と乾期の二つに分けられ、基本的には雨期に入る直前の乾期が一番暑いという感じだったと思います。

他にアジアカップ時のハノイとその他の気候については
http://www.jsgoal.jp/news/00052000/00052008.html
http://tabimap.com/country/top_VNM_dress.html
http://www.vietnam-sketch.com/column/tubuyaki/2003/01.html

基本的に熱帯では一年中サッカーに向いてないのでしょうが、その熱帯よりも、アジアカップ時の(夏の)ハノイは高温多湿のサウナのようで、さらに向いていないようです。

あと
中国・重慶
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/infomation/kion/china_chongqing.htm
やはり2004年7月の中国・重慶は最もサッカーにふさわしくない季節のようですね。

ちなみに南アフリカ
http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/kion/South_Africa/South_Africa.htm
6月は冬です。おそらくサッカーをやるには同じ6月のヨーロッパよりも向いているでしょう。

とりあえず不勉強な点がありましたので、ここで補足しておきます。

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2007年8月16日 (木)

水戸1-1アビスパ、失った勝点2

   リンコン
久永 久藤  田中
 恭平  光平
   布部
チェコ 亨  弟
  GK神山

控え:GK六反、長野、柳楽、林、宇野沢
交代、久藤→林(63分)、宮崎→長野(73分)、久永→宇野沢(79分)
主審:飯田淳平(26歳、Jリーグデビュー)

この試合で見えたリティの課題
・久藤の使い方。前半はチームで一番パス能力のある久藤をアレックスのポジション(FW)に使ったことで久藤のパス能力が死に、リンコンも孤立し、攻撃が両サイドの突破力に頼るしかなくなった。後半開始からようやく久藤をボランチの位置に下げたが、久藤の調子の悪さもあり、あまり機能はしなかった。個人的には、久藤はもう少し残しておくべきだったように思う。
・リティは林&長野投入で「長野、リンコン、林」の前線に放り込みを始めるが、長野以外はあまり競り勝てず効果的ではなかった。この先発と控えメンバーでは、リードされた場合には「放り込み」以外に選択肢がないことも露呈した。(逆に言うと、このシステムと控えメンバーは先に先制することしか想定していないのだろう。GK以外では控えは4人、そのうちDFが二人でFWが二人。MFの交代で活性化するという打開策がない。)
・カミカゼシステムに変更して5試合目、酷暑の連戦でもコンディション無視でほとんどメンバーの入れ替えをしないことで、全体の運動量が落ちていることも目立った。

もちろん水戸も、かなりアビスパ対策を練ってきていた。両サイドを徹底的に蓋をし、フィットしてきたビジュと小椋の両ボランチを筆頭にハードワークすることで、アビスパの攻撃をつぶした。そして弱点である両サイド裏で勝負する姿勢は見事だったと思う。特にチェッコリのサイド椎原と真行寺のスピードを使っての攻撃は非常に効果的だった。

試合は、布部の執念が勝ち点1をもたらした。展開的に見ればアビスパにとっては勝点1を拾った試合にしか見えない。だが、リティの判断ミスが、試合を苦しくした面も否めないだろう。個人的には勝ち点2を失ったようにしか見えなかった。札幌以外はのきなみ上位が勝ち点を失っていたのが、アビスパにとっては幸いだった。だが、逆に他の上位チームも、他会場の結果を見て「幸い」だと思っているだろう。
J2はまだまだ続く。おそらくドイツ人のリティは暑い夏はかなり苦手だろうが、頭を十分に冷やして考えて1試合1試合に臨んでもらいたいものだ。

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2007年8月15日 (水)

世界から後退するAFCとアジアカップ

以前、このアジアカップ2007は失敗だったというエントリーを簡単に書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_3052.html

サカマガとサカダイの記事を読み返してみると、いろいろ運営面でまずいことがあったようなので、まとめてみることにした。

まずは開催時期から
*アジアカップ1956(香港、第1回)、9/1~9/15
以下略~

アジアカップ1988(カタール)、12/2~12/18、(日本が初出場した大会)
アジアカップ1992(日本),10/28~11/7、(開催都市:広島)
アジアカップ1996(UAE)、12/4~12/21、(開催都市:?)
アジアカップ2000(レバノン)、10/12~10/29(開催都市:ベイルート、トリポリ、サイダ)
アジアカップ2004(中国)、7/17~8/7(開催都市:北京、重慶、成都、済南)
アジアカップ2007(タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、4カ国共催)、7/7~7/29、{開催都市:バンコク(タイ)、クアラルンプール&シャーアラム(マレーシア)、ハノイ&ホーチミン(ベトナム)、ジャカルタ&パレンバン(インドネシア)、7都市での開催}

ちなみに前回の東南アジアでの開催は、1984年
アジアカップ1984(シンガポール)、12/1~12/15

アジアカップにおける最大の問題は、開催時期だろう。2004中国大会も暑かったが、2007年東南アジア共催大会も、もともと暑い場所なのに、さらに最も暑い時期に行われた。上記に示したように2000年大会まではなるべく暑くない時期を選んでいたように思う。だが、アジアからヨーロッパへ移籍する選手が増大し(1998年の中田英寿以降だろうか?)、2004以前の開催時期だと各国のヨーロッパ組(スタープレイヤー、例を上げれば中田英寿は2000年、2004年のアジアカップには参加しなかった。理由の詳細は不明。だが最も大きかったのは、ヨーロッパのシーズン真っ最中だということが大きいだろう)が参加しにくくなったことで、ヨーロッパのシーズンがオフである時期にやるようになったのかもしれない。だが、アジアの夏は暑い。もともとサッカーは夏にやるようなスポーツではないのだが、高温多湿の夏のアジアでやるには最も不向きだろう。中国大会も暑さでサッカーの質が低下していたが、今回もサッカーの質は低かった。その最大の原因は暑さであり開催時期にあることは間違いないだろう。開催時期を間違えたことで最も大切なサッカーの質は下がってしまったのだ。

開催年の変更:
アジアカップは2004年大会まではW杯の中間年に行われてきた。だが2007年大会からはW杯の翌年に変更されるようになった。W杯の中間年には夏期オリンピックとヨーロッパ選手権が開催され注目度がどうしても低くなることが開催年変更の最大の理由だろう。
だが、この変更には大きな弊害がある。(主にW杯出場を狙う国にとっての弊害だ)
・まずW杯開催直前のインターナショナルマッチデー(以下、IMD)という、本来ならば、W杯に向けた強化試合に費やしたい貴重な機会がアジアカップ予選で、いくつかつぶされてしまうことだ。(2006年のW杯直前には1試合がアジアカップ予選に費やされた)
・W杯出場国にとって、W杯翌年は、まだチーム作りの初期段階にしか過ぎない。W杯出場国という強豪国があまりチームとして成熟してない状態での開催は、サッカーの質の低下を招いたことは間違いないだろう。
W杯の中間年に開催された場合、アジアカップの予選(格下相手の予選)を通じて、立ち上がったばかりのA代表は、成熟を図っていくことができる。(トルシエの時がそうだった)。そして十分に成熟への準備期間(約2年)を与えられた中で開催されるアジアカップでは、翌年に行われるW杯最終予選での課題をチェックするいい機会でもあった。サッカー的に見ればアジアカップとW杯とのサイクルがうまくはまっていたように思う。だが、W杯の翌年では、サイクル的にうまく行かない。AFC的には、開催時期をずらすことでより注目を集めようとしたのだが、注目を集めたとしてもあのサッカーの質では、かえって逆効果だろう。さらに、2010年のW杯本大会でも、3カ国(イラク、サウジ、韓国)以外の出場国には、W杯開催直前の貴重なIMDを使って行われるアジアカップ予選は強化の妨げにしかならないだろう。AFCの地位向上のためにはW杯出場国のW杯本大会での好成績が必要だろうが、AFCは、その国々の足を引っ張りかねない改悪をしたとしか思えない。

なお、この件とは別の問題だが、このアジアカップで3位までに入れず、次のアジアカップ出場権を獲得できなかったことで日本サッカー協会が被る経済損失は約30億円になるらしい。(SM1148号の三浦憲太郎氏による記事から)。
・次の2011年アジアカップへ参加するための予選が6試合。予選はAFC主催のため日本サッカー協会には大きな収益にならないこと。さらにアウェーの遠征費が持ち出しになること。親善試合1試合で5億円の収入をもたらすが、それが6試合分消えること。さらに予選6試合を組み込むためにJリーグの日程にも負担がくることなど。次回のアジアカップへの出場権を獲得できなかった代償はかなり高くついたようだ。
このアジアカップで3位以内に入れば「次回大会の出場権を獲得」ということが、いつ決まったのかは定かではない。(不勉強なせいもあるだろうが、個人的にはこの大会中に初めて知った)。もし、早い時期に決まっていたのであれば、なおさら、6/30のJリーグの日程をずらすべきだったのだろう。もちろん、ずらしたからと言って、必ずしも3位以内に入れた訳ではないと思う。だが、日本サッカー界がアジアカップを舐めていたことが、予想以上に高くついたことだけは間違いないように思う。
・さらに言えば2007年大会では日本は前回大会優勝国ながら、開催国が4カ国になったため、アジアカップ予選を6試合戦わなければいけなくなった。これまでの大会では優勝国はシードされていたのが、その特典が奪われたのだ。そのことによって日本サッカー協会は30億円ほどの損失を既に受けている。
前回の中国大会でも日本は最も暑くそして反日感情の高い重慶で主に試合を行った。そして今回のハノイも最も暑い開催都市だった。(他の開催都市では試合開始時の気温がだいたい30℃ぐらい、だがハノイでは約35℃ほどが多かった。この盆中の都内で一番暑い時間帯(12:00~14:00ぐらい)にサッカーをやれというのが大間違いだ)。そういう意味で日本サッカー協会には、良い意味での「政治力」が欠けていたように思う。

さらにサッカーの質の低下に拍車を掛けたのが、AFCのマネジメントの失敗だろう。
これを読むとAFCには陸続きでもない4カ国共催をマネジメントする能力がなかったことがよく分かる

★7/21にバンコクで準々決勝を戦ったイラクのクアラルンプールへの移動が7/23になってしまった件
AFCは「指定ホテルは7/22は満室のため移動日を7/23にチェンジしたらどうか」とイラク選手団にアドバイス。しかし移動のフライトは満席のため31人と9人の二手に分かれて移動。第1陣が到着したのは7/23午後5時前、しかしホテルの部屋は8部屋しか用意できず。全ての部屋が準備できたのは午後8時半すぎ。練習時間は当初の午後7時半から10時に変更。しかし練習場はホテルから車で1時間のシャーアラムスタジアム。練習を終えて夕食をとった時には、日付が変わって午前1時半を回っていた。この最大の原因は7/22に敗退したイランの代表選手団の部屋(チェックアウトは7/23夜)をイラクに割り当てようとしたためだ。その行動の最大の理由は経費節減のためだいうことで、開いた口がふさがらないものだった(SD909の森本高史氏の記事より)

★7/22に準々決勝を行ったサウジのハノイへの移動が12時間かかった件
・元々、ジャカルタ-ハノイには直行便はなかった。そこでまず7/23の午前9時のフライトでジャカルタからクアラルンプールへ。(クアラルンプールからハノイまでで、AFCがサウジ選手団に用意したのはエアーアジアでのフライト。全席自由の格安航空会社のフライトで積載量制限や欠航のリスクもあるものだった)クアラルンプール到着後、車でエアーアジア用の飛行場に移動したが、そこには「飛行機がなく」4時間ほどのすったもんだの末、荷物が行方不明になるおまけ付きでチームは夜8時頃にハノイに到着、実質的に中1日で日本戦を迎えるはめになった。これもAFCが経費削減のためにとったマネジメントで選手団に負担をかけた例になるだろう。
★最後に日本のパレンバンへの移動
ハノイにて7/25の準決勝サウジ戦に敗れた日本は3決会場のインドネシア・パレンバンへの移動を余儀なくされた。7/26昼にハノイを出発、まずはマレーシア・クアラルンプールへ移動、さらに乗り継いでインドネシア・ジャカルタへ移動(12時間かかったそうだ)、ジャカルタの空港近くのホテルで1泊。7/27早朝の便でパレンバンへ向かう予定だった。だが、AFCの手配ミスで、一度確保していたパレンバンへの早朝便がキャンセル扱いとなっていた。(韓国は7/26にクアラルンプールで練習後、直行便でパレンバンに到着した模様)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/asiancup/2007/p-sc-tp2-20070727-233027.html
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2007/07/28/02.html
結局、夕方の最終便を確保し、日本選手団がパレンバンに到着したのが午後9時半。さらにAFCの不手際でホテルの部屋数が確保されておらず選手は全員二人部屋にスタッフ11人はオシム監督が使う予定だったスィートルームに押し込まれる始末。さらにはAFCが水も用意してなく、あわててスタッフは水をスーパーに買い出しに行く。公式練習が始まったのが午後10時過ぎ、練習を終え、選手バスがスタジアムを後にしたのは、7/28に日付が変わる直前だった。この状況で翌7/28の韓国戦に臨むようにしたのは、AFCの完全なマネジメントの失敗だろう。

AFCの詳しい内情は分からない。だが、4カ国共催という非常に難しい方式を取るのであれば、開催都市間に直行便がない移動スケジュールは避けるべきであったし、もし各国協会の力関係でできないのであれば、直行便をアレンジするべきだった。だがAFCには金(予算)がなく、経費節減のしわ寄せが選手団に直接影響を及ぼした。さらにマネージメントのまずさが、選手の負担を増大させた。そのことが試合の質に及ぼした影響ははかりしれないだろう。(もしUEFAの担当者が、このスケジュールを見れば「冗談のようなマネージメントだ!」とダナ・ホワイトばりにつぶやいたに違いない)

結局、AFCにはこの難しい4カ国共催のアジアカップを運営する能力も予算もなかった。そのことでサッカーの質を落とし、結局は、世界にアピールすることに失敗した。AFCは目先の利益のために、多くのものを失ったのだと思う。AFCは世界に追いつくためにアジアカップの改革をしたのだろうが、個人的には、これらの変化は「改悪」でしかなく、世界から後退したに過ぎないように感じる。この運営を見る限りアジアサッカーは、ますます世界から遠ざかっていくような気がしてならないのだ。

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2007年8月13日 (月)

愛媛戦、一体感のある戦い

    リンコン
久永  アレックス 田中
  恭平   宮崎
    布部
 チェコ 亨 弟
  GK神山

控え:GK六反、長野、柳楽、林、宇野沢

審判:井上知大、  31.8℃、44%

まず主審の井上知大氏について
名前に記憶がない主審。顔を見ると非常に若く見えるので、おそらくあまり経験がない審判だろうと想像。笛の吹き方がやはり余裕がない。「流してもいいかな」という場面でも、きっちり笛を吹くことがしばしば。経験が無く試合の展開、先をあまり読めてない状況では、そういう笛の吹き方が(審判にとって)やりやすいのだろう。途中、試合をコントロールできなくなりかけるが、なんとか持ち直して1試合終了。(あくまでスカパー!の画面を通してだが、リティは若くて経験のない審判に、かなりプレッシャーをかけてたように聞こえた)調べてみると
http://f57.aaa.livedoor.jp/~nyamnyam/ref003.htm
去年まではJリーグでは副審のみで、今年から主審をやりはじめた経験のない審判のようだ。ということなので、今日の審判ぶりには納得。ともかく、これから一層の精進をお願いしたいというところだろう。

試合の方は、アウェイの愛媛の試合の入り方がアビスパをかなり上回っていた。ショートパスをつなげて攻めようとするアビスパだが、愛媛の出足と鋭い集散でボールを奪われる展開が多く、そこからアビスパの右サイドを使われる場面が多くなっていた。ただ、それも開始20分ぐらいまでで、パス回しに変化をつけてくるとアビスパにチャンスができはじめる。だが、愛媛も必死に食らいつくため、なかなか点が取れない展開だったが、前半終了間際と後半開始すぐといういい時間帯で点を取れたのが非常に大きく勝つことができた。この試合、双方のチームに「一体感」があった。だがアビスパの方が、個の能力&経験&一体感で少しずつ上回ったことで、難しい相手にきっちり勝利することができたように思う。

攻撃に関してはリティのいうように「あまり良くはなかった」と思う。だが全員の守備意識の高さは、今シーズンでも一番だろう。 選手達も第1クールの連勝時よりも「手応え」を感じているようだ。
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_9b6e.html

次はアレックスが出場停止だが久藤が帰ってくる。今の調子からいけばアレックスのところに宮崎を入れれば十分に機能するはずだ。(なお、CKなどは久藤より宮崎が蹴った方がいいだろう。セットプレーのボールの質は久藤より宮崎の方がいい)。決定力はアレックスがいない分、下がると思うが、チャンスメイクの数と質は久藤が戻ってくることで、ここ2試合よりも上回るはずだ。何も手にしてないが、次の水戸戦は、今シーズン相性がいいだけに大丈夫だろう。
おそらく、このカミカゼシステムの課題が顕れてくるのは、山形戦か京都戦になるだろう。「問題はリスクが大きいかどうかではなく機能しているかどうか」なのだ。おそらく水戸戦では機能するだろう。山形戦は非常に難しい試合になるはずだ。そして、このシステムで臨むには、おそらく京都戦は最も難しい試合になるに違いないと予想している。

だが山形戦&京都戦に関して話すのは、まだ早すぎるので省略。

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載らなかったアマゾンのカスタマーレビュー

もう10日ほど前になるが、足に「魚の目」ができて痛くてしょうがなかった。(結構、歩く仕事なので)。そこで治療するために買ったのが「魔法のスティックスクラッチ」というものだった。
近くの西友の店頭でがんがんCMを流していたのを見て興味を持ち、アマゾンでのレビューを探したがなく、楽天のレビューを見て購入。だが結果的にはまったく役に立たないものだった。(角質削りには使用せず)
ということで、多くの人に役立つようにアマゾンに初のカスタマーレビューを書くことにした。大ざっぱに言えば「魚の目には全く効きませんでした」というレビューを投稿したのだが、その後9日立っても掲載されないところを見ると、どうやら不採用だったようだ(苦笑)
アマゾンのアソシエイトは利用しているが、グーグルアドセンスと違いサイトの内容に合ってないものが表示される場合が非常に多い。ということで少し不信感があったのだが、この商品に関してのレビュー(たしかに否定的なレビューだったが)が採用されなかったということで、その不信感が多少大きくなった。まあ、アマゾンも商品が売れてくれないと儲けることができないので、否定的なレビューはできるだけ避けるようにしてるのだろうが、カスタマーレビューを全面的に信用してもいけないということがよく分かる出来事だったように思う。

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2007年8月 4日 (土)

徳島戦、久藤の不在

徳島0-3アビスパ

    リンコン
久永  アレックス  田中
  恭平    宮崎
     布部
 チェコ 亨  弟
   GK神山

控え:GK六反、長野、柳楽、林、宇野沢

審判:牧野明久

今週は仕事が忙しかったため、遅めの更新になりました...。ダナ・ホワイトから「呪い」でもかけられたんだろうか(苦笑)盆までは非常に忙しい時期なので更新が滞る予定。

かなり不調な徳島との対戦。アビスパは、出場停止の久藤に代わって布部をアンカーに入れ、恭平&宮崎で3ボランチを組むカミカゼシステム。リトリートしてしっかり守備ブロックを作る徳島相手になかなか効果的な攻撃ができないアビスパ。徳島は特に両サイドのウィングの田中&久永へのケアがしっかりしている。逆に言えば、きっちり崩していないため両サイドが勝負する時に1対1で互角もしくは1対2の状況を作られているために両サイドから効果的な攻撃を仕掛けられなかった。
この試合、最も感じたのが久藤不在の影響の大きさだった。久藤のサイドチェンジ、緩急をつけたパス回し、3列目からの効果的な飛び出しがないことで、攻撃的であるはずのカミカゼシステムの破壊力が70%ぐらいに減少していたように思う。どうしてもアレックス&リンコンのブラジル人コンビに目が行きがちだが、アビスパの攻撃のタクトをふるっているのは久藤である。特に3ボランチにして久藤の守備の負担が減ったことで、その攻撃構築能力が発揮されているということを証明したような試合だったと思う。
ヴェルディ戦の後、「久藤の代役は城後がいいのではないか」と書いたが、
http://nettaro.way-nifty.com/nettaro_blog/2007/07/post_a560.html
予想通りリティは、恭平&宮崎&布部の3ボランチで臨んできた。布部がアンカー役で守備に重点を置いている以上、久藤の仕事をするのは宮崎か恭平になるだろうが、二人とも代役にはなれなかった。「使う人」と「使われる」人という分類でいけば攻撃を主に担当する6人(リンコン、アレックス、久永、田中、恭平、宮崎)全部が「使われる人」であるというバランスの悪さが、アビスパの攻撃にいまいち変化と破壊力がなく、決定的なチャンスをあまり作り出せなかった原因だろう。そういう意味で、リティがこの日選んだスタメンはバランスを欠いていたと思う。あくまで結果論だが、リティは久藤の代役には、城後か本田の調子のいい方を使うべきだったと思っている。次の愛媛戦でも、徳島戦の3ボランチで臨むならば、攻撃に変化がなく点も取れずに落とし穴(勝ち点3を取れないこと)に落ちる可能性も決して低くないように思うのだ。

結果だけ見れば完勝だった。徳島の不調とミス(2点目はナイスアシストでしたねえ~、アビスパにとっては「汗が出まくった後に飲む冷えたポカリ」なみにおいしいものでした)、そしてアレックスの決定力がこの結果を生んだ。だが、内容的にはあまり良くない試合だったことは間違いないだろう。そのことはリティも自覚はしてるようだ。そういう意味でも、愛媛戦での「修正」には注目した方がいいだろう。

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