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2007年7月22日 (日)

オシムと準備不足のアジアカップ

オシムジャパンはオーストラリアをPK戦の末下して、アジアカップベスト4に進出した。
この大会、日本サッカーは、オシムに他のアジア諸国よりも短い準備期間(6/30まで開催されたJリーグ、初戦のカタール戦(7/9)までは9日間ほどしかなかった)を強いた。だがオシムは、そのハンデを乗り越えて、おそらく最低限のノルマをクリアすることに成功した。
6/18の記者会見では
http://nettarosouko.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/afc_2007_ae38.html
「一つの例だが、日本はアジアカップで対戦する(グループリーグ)3カ国(カタール、UAE、ベトナム)の中で、現在もリーグ戦を戦っている唯一の国だ。つまり直前までだ。十分な準備ができない。それが大きなハンディキャップだとは思わないだろうか。あるいは、ほかの対戦国に失礼だとは思わないか。皆さん、いかがだろうか? 内容か結果かで言えば、私は結果を重視する。ただし、それがどんな結果か、ここで保証することはできない。個人的には、もちろん日本サッカー協会にとっても、結果より内容の方が重要で、しかも将来、長く戦えるかどうかを重視しているのだろうと思う。もちろん両方が伴われているのがよりいいのだろう。サッカー協会として、今のアジアカップに何を期待しているのか。残念ながら、そういうことを理解しているジャーナリストが多いとは言えないのが現状ではないだろうか。
――現地の蒸し暑い気候に対して、具体的にどのような対策を考えているのか
オシム 残念ながら、日本にはサッカーができるような巨大なサウナはない。ある条件で準備するしかない。代表キャンプをベトナムでやりたいが、それもできない。今ある条件の中でやるしかない。時間がないし、選手も集まっていないが、最大限の努力をしておきたい。フィジカルについてもそうだが、まずはメンタルの準備をいかにするかが、日本国内でやることだと思う。もちろん、どんな条件でも(いつものプレーが)できることが理想だが、そういうわけにもいかない。アジアの気候については私より、皆さんの方が詳しいだろう。選手によっては、暑さに強い選手、そうでない選手の違いが出てくるだろう。いずれにせよ日本の選手は、多かれ少なかれ、似たような高温多湿でのプレー経験はあるだろう。頭の中にイメージのビデオカセットがすでに入っていて、どういう感じになるか、対策を立てることができるのではないかと期待している」

とある。繰り返すが、日本サッカー界は、このアジアカップでオシムに十分な準備期間を与えなかった。Jリーグが始まって以来、1996年の加茂、2000年のトルシエ、2004年のジーコの時よりも、はるかに短い準備期間しか与えなかった。日本サッカーにとってアジアカップは、W杯に次ぐビッグタイトルであり、この大会での勝利は、W杯前年で現地南アフリカでのコンフェデを経験できるという特典もある重要な大会のはずだった。だが、この大会で日本サッカーはJリーグの方をかなりの程度、優先させた。
この準備期間では、もちろんジーコでは結果を残すことができなかっただろう。トルシエは1999年のコパ・アメリカのように、敗戦した時に「準備不足」を理由に怒りまくっただろう。だが、オシムは、その経験を発揮してベスト4という最低限のノルマをクリアすることに成功した。時間のない中で、オシムは、やるべきことをやり、不利な条件を克服し、結果を出すことに成功した。
個人的には、オシムにはアジアカップを制してもらい、コンフェデへの出場権を獲得してもらいたいと思っている。だが、一方で、オシムが非常識な短い準備期間でも結果を出したことで、日本サッカーは未来のアジアカップで、大きな代償を支払う、そんな気がしてならないのだ。

2002年のトルシエはW杯本番で中山と秋田というグループとしての結束を生み出すために必要なベテランをメンバーに入れた。あの時は「なぜ俊輔を外したのか?」ということに議論が集中したが、結果的に、あの俊輔外しは成功だったと思っている。(個人的にはメンバー発表で外した時も、論理的には「当然だな」と納得していた)
2006年、ジーコは、トルシエにとっての中山と秋田の役割ができる選手を入れることはなかった。結果的に、ジーコのグループはついに「ファミリー」になることがなく、日本サッカーが生み出した最高の才能が最も成熟した時を迎えるはずだったドイツW杯でチームが空中分解し惨敗して帰ることになった。ただし、この時にはサブの選手の重要性、「控えであってもチームのために全力を尽くすことができる選手の重要性」を日本は理解していなかった。大きな代償を払って、その重要性に気がつくことができた。トルシエがやったことの意味を4年後、初めて理解したのだ。

このアジアカップでは試合は注目されてきたが、オシムが行ってきた短い期間での準備方法、メソッドは、あまり注目されていないような気がする。
4年後、日本サッカーは、オシムジャパンと同じようにJリーグを優先させ、ほとんど準備期間を与えずに、時の代表監督にアジアカップに臨ませるだろう。その時の代表監督が誰かは分からない。もしオシムほどの経験があれば、クリアしてしまうかもしれない。だが、このアジアカップで短い準備期間で臨むことのデメリットと対処法を学ばない限り、いつかのアジアカップでは大きな代償を払うだろう。繰り返すが、そんな気がしてならないのだ。

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