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2007年6月21日 (木)

Number「PRIDE後の世界」を読んで

久々のナンバーでの格闘技特集。表紙はアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(ミノタウロ)。ナンバーの格闘技特集でミノタウロが表紙なのは何回目だろうか?かなりの頻度だ。きっとナンバー編集部の中のミノタウロ好きが主に担当してるのだろう。しかしオクタゴンの金網越しに見るノゲイラは、何かに捕らわれてしまったかのようにも見える。ノゲイラ好きの自分にとって非常に不安な予感を増幅させる表紙だ。
ミノタウロには勝算があるようだが、BTTのマリオ・スペーヒーやムリーロ・ブスタマンチ、ヒカルド・デラヒーバの言葉は、不安だけを駆り立てるものとなった。ミルコと同じようにミノタウロはオクタゴンの罠にはまるような気がしてならない。もし罠にはまらない(UFCに適応した)としても、そこにいるのはPRIDEで見せた輝ける柔術マジシャンではないだろう。
・ランディ・クートゥアーインタビュー
日本ではエンセン井上やヴァレンタイン・オーフレイムに喫した敗戦の影響で、そこまでビッグネームではないが、UFCでは伝説の一人となっているランディのインタビュー。同時にUFCがどうやってビッグになっていったのかも分かりやすく説明している記事にもなっている。
ランディは戦い方を熟知したオクタゴンでは強いだろう。だが、リングでPRIDEルールで戦う限り、トップ戦線にはからめなかったと思う。ヒョードル、ノゲイラ、ミルコ、ジョシュには全くいい所を出せずに敗れ去ってしまった可能性が高かった。だが時代は変わりランディはUFCと共に歩み、アメリカでの名声とマネーは手に入れることができた。44歳でのヘビー級チャンピオンへの返り咲きは非常な驚きだった。だが、彼の時代ももう終わるだろう。(UFCの首脳陣やアスレチックコミッションたちはランディの王座が続くように裏から手を回しいろんな事を試みるだろうが...)
・ダナ・ホワイト&ロレンゾ・ファティータインタビュー
今、総合格闘技において最も権勢を誇る二人。この号のナンバーのテーマであれば、表紙にふさわしいのは、ダナ・ホワイトだろう。このインタビューで重要なことは
・2007年5月29日頃にやっとPRIDE買収問題のカタがついたこと
・PRIDEに関しては、買収にカタがついてから何もかも決まっていくということ
・WOWOWとの契約がまとまらなかったのは、UFC側が日本での知名度を無視して莫大な放映権料をふっかけたことが原因
新生PRIDEの方向性は、彼らが決めていく。PRIDEとUFCでは、内容の質、そして興奮度、全てにおいてPRIDEが上であった。質の劣るプロモーションが質の良いプロモーションを買収した。ダナは「PRIDEには変化が必要だ」と言っている。総合格闘技の中心が日本からアメリカに移ってしまった現在、もちろんPRIDEには変化が必要だ。だが、彼らが榊原代表のいたPRIDE以下のものしか作り出す能力がないとはっきりした時、彼らは日本でのビジネスに失敗するだろう。日本で成功したければ、彼らの方こそ、変化する必要があるはずだ。
・谷川インタビュー、
まあ、そっちはそっちで頑張ってください。以上。
・ミルコの敗戦記事、特に目新しいものがない。
・リングとオクタゴンの違い、特に目新しいものなし。ただし知らない人には簡潔によくまとまっている記事のように思う
・ヒョードルインタビュー
格闘技界や一地方でのローカルスターでしかなかったヒョードルが、ロシア中に知れ渡りビッグネームになったことが分かる。現在、最も世界で強い男と思われるヒョードルはUFCに上がってもいい状態になるまで、入念に対策を練ってくるだろう。彼は非常に頭のいい選手だ。ミルコの犯した大きな間違いはヒョードルにはおきないような気もする。だが彼の力が落ちた時、その場所がUFCであれば圧力のあるレスラータイプの選手に負けるときがくるような気もする。
・青木真也&岡見勇信の記事
特に目新しいものなし
・桜庭の記事
FEGのアスレチックコミッションとの戦いや桜庭の招待券で集めたアメリカの無知な観客との戦いの記事。だがホイスが「アメリカの観客は流血やKOシーンだけを見たがる」とあるように、一般の、アメリカ人の総合に関する目が肥えているとは思えない。
FEGとコミッションの件は、おそらく双方に問題があるのだろう。
アメリカでの総合格闘技ではリングイン前に顔にワセリンを塗られる。それはカットを防ぐためというが、単なるボクシングの習慣を持ち込んだだけで無意味な行為だ。これには、ブラジリアン柔術家が活躍できないように意味もある。しかし、アメリカという国が総合格闘技の中心になったことは、総合格闘技自身にとって不幸なことではないかと思えてくるな。
・アントニオ猪木が語る「1976年のアントニオ猪木」
名著「1976年のアントニオ猪木」の著者が、本を執筆前には果たせなかったアントンへのインタビューが実現。猪木は答えられる範囲では答えたが、全体的には作者を自分の手に平に載せて踊らせてしまったような感じの印象が残った。別の雑誌でのインタビューで、「猪木に取材しなかった方が良かった」と言っていたが、その著者の直感は正しい。おそらく実現していたら、これまでの数多の猪木本を越えることはできなかった。そんな気がするのだ。

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