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2007年3月27日 (火)

DSEの終わりと新しいPRIDEの始まり

DSE(榊原)体制によるPRIDEが終わった。最大の原因は地上波消滅とアメリカにおける総合格闘技市場の急激な拡大によるものだ。(特に大きいのがアメリカ市場の拡大によるものが大きい)。2003年1月よりDSE社長に就任した榊原氏はPRIDE25(2003年3月16日、横浜アリーナ、メインはミノタウロvsヒョードルのヘビー級タイトルマッチ)から始まり「世界最高峰の舞台」を作りあげることに尽力し、我々に、その言葉通りの舞台や戦いを提供してくれたと思う。現在、サッカーでも野球でも世界最高峰のものを日本では見ることはできない。だが、この4年間は違ったのだ。さいたまスーパーアリーナで見るPRIDEは、選手の質、試合の質や興奮度、舞台装置、演出、全てが世界最高峰だった。サッカーで言えばUEFA・CLの決勝Tやワールドカップで行われる試合を全て日本で見ることができる状態だったと言えるだろう。おそらく全てのジャンルを見渡しても、日本国内にいながら、世界最高峰の舞台を堪能できるのは、唯一、PRIDEしかなかったのだ。総合格闘技ファンにとっては非常に幸運な4年間だったと思う。この点で、榊原社長には、非常に感謝したい。

PRIDEの主催はDSEからPRIDE FC WORLD WIDE(略してPRIDE FCとする)に変化する。PRIDE FCにはDSEから榊原社長以外の全員が移りPRIDEは継続していく。そのオーナーは、UFCを主催するズッファ社も持っているロレンゾ・フェティータだ。形の上では、UFCとPRIDEは横並びの関係となり、それぞれ独自に興行やプロモーション展開をしていくことになるという。

ロレンゾ兄弟(オーナーでありカジノ経営の大富豪)
↓                            ↓
UFC                     PRIDE
(ダナ・ホワイト社長)           (榊原氏の後任はまだ決まっていない)

これからのPRIDEがどうなっていくのはまだ分からない。想像通り、PRIDEがUFCの2軍になってしまう可能性も残っているだろう。その辺はオーナーであるロレンゾ兄弟のさじ加減一つでしかない。一ファンとしては見守っていくしかないのだろう。
(ロレンゾ兄弟がUFCを買収したのが6年前、まだアメリカにおける総合格闘技市場が、ここまで大きくなるとは誰も想像しなかった時代だ。現在、雨後の筍のように総合格闘技の新団体がアメリカで設立されているが、多くは総合が儲かりそうだという気配をかぎつけて旗揚げした団体だろう。そう遠くない将来、アメリカでの総合バブルがはじけた時、おそらくそのことが証明されるはずだ。その点、ロレンゾ兄弟はダナ・ホワイトを使ってUFCを育ててきた。現在、その事実だけを信じるしかないのだ)
オーナーが代われば、いいことも悪いことも含めて、PRIDEも多くの点で変わって行かざるを得ないだろう。何より確実なのは、今までのように全ての世界最高峰の試合を日本国内で見る(会場観戦)ことができなくなることだ。
PRIDEは終わった訳ではない。だが日本人だけの手で作り出してきた世界最高峰の舞台はひとまず終わったのだ。だがPRIDEは続いていく。榊原社長は退陣するが、残されたスタッフの中から、必ず、その意志を受け継ぐ人が現れるだろう。そう信じて、これからのPRIDEを見守っていきたいと思う。 人気blogランキングへ

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