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2007年1月 1日 (月)

オシムに聞く(2007年1月1日、BS-1にて放送分)

O(オシム監督) ジェフの監督と代表の監督では違う。課せられた義務が違う。代表監督とジェフ時代では役割が違う。ジェフ時代はもっヨーロッパに戻ることができたし、家族と過ごす時間もありました。代表チームを指導しないといけない。最後に待っているのはW杯なのです。今はアジアカップの対戦相手の情報を入手することに専念しています。
Q(山本浩アナ) クラブは、そこにいる選手に合わせたサッカーをしなければいけないが、代表はピックアップして、自分のやりたいサッカーをできるということを言われるが、そのことはどう思うか?
O それは状況によって違う。その監督が、良いチームを作るのに、どれだけ時間があるかによって違うと思う。もし代表チームに時間が無く結果だけを求められる場合、監督は自分がよく知ってる選手から優秀な選手だけを起用してチームを作りたがるものです。また必ずしも、その国のクラブチームで監督をした人だけが、その国の代表チームの監督になるわけではない。外国からきて、その国の選手やクラブを全く知らない場合もある。しかし、そういう監督でも、どのクラブが強いのかというのは関係者から聞くでしょう。強いクラブから優秀な選手を起用するものです。私はジェフから代表監督になったので違います。ジェフから4,5人いることは、それなりの理由があるものです。私は彼らのことをよく知っているからです。代表チームを始動させる場合、私が知ってる選手がいた方が良かったからです。それに彼らのことを信頼しています。プレーの傾向やスタイルに確信が持てる選手を起用したかった。浦和からも何人か起用してる。それにガンバから起用してる。ガンバも日本で一番美しい効率的なチームだ。そして何度か招集してきた時は、状況が違う。他のクラブの選手についてもよく知ることができた。そもそも代表チームは、長い時間、選手を拘束しておけるようなチームではない。中には、生まれて初めてプレーする選手たちもいる。そういう選手の寄せ集めが代表だ。つまり、いくつかの強いチームから単に11人の優秀な選手を選び出しても、強い代表チームができる訳ではないのです。Q クラブの監督と代表の監督では大きく違うのですか?
O それは私だけが感じていることではありません。それは他の代表監督も感じていることでしょう。両方の仕事を分析してみれば、全く別の仕事だということが分かるはずです。代表監督は選手を選抜してチームを作るわけです。でも一般的に言って代表監督には時間があまりない。この日本では時間がない。それに対してクラブの監督は、もっと時間がある。もっと選手の側にいることができるし、自分が望むチームを作りあげることも容易でしょう。代表監督に就任してからの仕事はクラブとは全く違うものでした。まず選手といる時間がない。選手はJリーグでプレーしなければいけないし、クラブにはクラブのスケジュールがある。代表の何人かは海外でプレーしています。そういう選手を簡単に代表に呼ぶことはできません。今は、国内にいる選手を招集して練習するしかない。代表選手は、監督の特徴をよく知っておくことも大切です。監督が何に興味があり、どんなアイデアを持っているか、その時々に何を考えているのか。代表選手は、そのことを心がけておく必要があります。その逆に、監督は選手がどんな人間であるか、何を考えているのか、またどうしたらその選手の描くプレーのビジョンを実現してあげられるか、そういったことを考えておく必要がある。それらの情報をできるだけ早く収集し、各選手をどう一つのチームとして機能させるかを考えるのが代表監督の仕事です。それ以外に、チームを作る方法はないと思います。
Q 最初の練習を見て、いろんな人がオシム教の信者になったのではないか?
O うーん、それはちょっと褒めすぎですね。サッカーはサッカーです。サッカーについての考え方は千差万別だと思うのですが、日本の選手が日本の選手であるということは替えられません。日本には日本独自のサッカーがあるんです。私は選手のキャリアやプレースタイル、メンタリティなどを把握し、日本選手の長所や短所も含めて、最大限に生かすことを手伝っているに過ぎません。もちろん、短所より長所の方が目立つようにです。日本人のサッカーはメンタリティーに関して、十分に質が高い。このスポーツに向いていると思いますよ。もしかしたら、他の国もそう感じているかもしれません。ただし、私たちは、まだその可能性に目を閉じたままかもしれません。今、その目を開けないといけない。今、何をしなけれないけないのか、自分の目で確かめないといけない。他の国のまねをせず、日本独自のサッカーをすることを容易なことではありません。人はリスクを犯したくないし間違いを犯したくないものです。他の国が国がやってるサッカーを追いかけるほうがずっと簡単です。でも過ちをおそれていては前進することはできません。
Q 日本では技術の高い選手を好む傾向があると思うが、その点に関してはどう思うのか?
O (グラフを見て)もっと上がって欲しい。まだ改善の余地があると思っている。ただ日本人が言う、個人技のレベルの高さについてですが、正直、来日した時に、その技術の高さにビックリしました。しかし、時間が経つにつれ、その技術の高さは動きが止まった時の技術の高さだと思うようになりました。つまりピッチで、そういう印象を受けた訳ですね。動きが止まった時の、いわゆる静的な技術は簡単です。それを日本人選手がみんな持っていることは、練習の中で確認できましたからね。しかし、全てのプレーは動きの中で行われます。現代サッカーで重要視される動きの中での技術は、まだまだレベルが低いと思います。技術全体のレベルをとってみれば、いくつかのヨーロッパの国を上回っているかもしれません。しかし、ヨーロッパの方が効率がいいんです。ヨーロッパの選手は動きの中で、日本の選手ができないようなプレーができるのです。運動量に関しては「これ以上走れない」ということをよく耳にしますが、そんなことはないでしょう。そういう選手は、サッカーがより多い運動量、長い走り、多くの競り合いを要求され続けることをもっと理解するべきです。イギリス人やドイツ人、身長の高い相手と比べて身体的に日本人はハンディがあることをふまえても、答えは明かです。これらの相手と対等に戦うために、自分達に欠けている部分を補わなければいけないのです。それをどうやって補うかというと、相手より運動量を多くすることです。相手が自分達より身長が高く、身体的に強い場合、より多く動く必要があります。同じ程度の走りだったら、全体的に相手が有利になってしまうのです。しかし、運動量で上回れば話が違ってきます。インテルナシオナルとバルセロナの試合をご覧になりましたよね。例えばロナウジーニョでも、動きを止めてしまえば、いつものロナウジーニョではない。例え技術の高い選手でも動きを止めてしまえばどうにもならない。これは言うまでもありません。
Q 中村俊輔のことはどう思っていますか?
O 中村俊輔のことは良く知っています。特にセルティックでコンスタントに試合に出ている今ですね。これはまず本人にとって日本代表にとっても大きいことだと思っています。率直な意見です。しかし、彼はセルティックで見せているプレーを日本代表でも見せることができるか?私は、多くの点でセルティックが自分達のプレーを中村に合わせて組立てているということを申し上げる必要があると思います。日本代表も、中村に合わせてチームを作ることができるかどうかは別の問題です。一方で、抜群の才能がある選手がいるならば、チームをその選手に合わせることを考えることも必要です。つまり中村がうまくプレーできるようにチームを組み立てます。しかし、私が思うに、いいプレーをする選手が1人だけいて、その選手のためにシステムを作るならば、成功の見込みはあまりないと思います。ですから、どちらかというと彼が、自分をチームに合わせるべきです。といっても、中村が試合に出て活躍してることを嬉しく思います。先に国内にいる選手を試してみましょう。なぜなら海外組を呼び始めたら選択肢が狭まってしまうからです。つまり海外組を使ったにも関わらず、うまく行かない、イメージ通りに行かないことが生じた場合、修正の余地がないからです。そうなると選択の余地がなくなる。もうどこからも、選手を呼べないからです。でも、現在の状況ではうまく行かないからと言っても症状の改善が期待できます。なぜならば、まだ中村、高原、中田、松井、稲本、大黒、小笠原を使っていないからです。今の段階で彼らを使ってしまうと、その後はチームの構成としてもう行くところがないからです。サントスと宮本も海外に行きますしね。彼らはとてもいい選手です。そして力にもなってくれると信じています。その彼らの力が必要な時に借りればいいのです。私は、これから既に実績のある選手にも間違いなく機会を与えます。特に彼らを使って、何をどこまでやれるのかを確認したいのです。海外にいる選手にも当然チャンスを与えます。それぐらいなら約束できますよ。
Q 高い材料だけではおいしい料理はできない思いますが、サッカーもそれに似てると思いませんか?
O 残念ながら私には大きな調理場がありません(笑)。小さな調理場で素朴な材料を使っておいしい料理ができることもありますがね。サッカーは平均的な選手が揃っていた方が良いチームを作れることがあります。そういう選手が揃っていた方が、チームはよく機能し、プレーのコンビネーションがうまくいく場合が多いのです。しかし、対戦相手が個人プレーが得意で、チーム全体も優れていた場合には、勝つチャンスはないでしょうねえ。せいぜい、1試合ぐらいは勝たしてもらえるかもしれませんが、長期間でみた場合、そういうチームに勝つ見込みはありません。その意味で、サッカーと料理は違うかもしれません。料理の場合、タマネギや、その他、普通の材料を使っても立派な料理を作ることができるでしょう。サッカーはそれとは違います。ジャガイモみたいに、そこらに転がってる選手を集めた所で、チームは作れませんからね(笑)。一方で最高の選手ばかりを集めたところで最初のうちは良い成績は期待できないでしょうねえ。そんな選手は、まずチームに適応して考え方を改める必要があるからです。それには監督とのコミュニケーションも必要になります。つまり、まず自分の個性をチームという集団に順応させて、集団全体としてうまく機能させないといけないということです。次に問題になるのは、その集団の中で、その選手が、どうしたら個性を発揮できるかということです。そうすれば第二のミラン、バルセロナ、レアル・マドリッドができたのと同じ事です。とにかく、選手には自分の個性を一度集団の中に埋没させてみて、その集団の中でこそ、自分の個性を発揮できるのだという確信を与えてやる必要があります。
Q これまでの7戦を振り返って、満足のいくものでしたか?
O いいえ、満足はしていません。例え、全勝しても満足はしてないでしょうし、負ければ、尚更です。勝っても不満は残るものです。親善試合のガーナ戦、そしてアジアカップ予選アウェイのサウジ戦で負けましたよね。アグレッシブさが足りずに結果が残せなかった試合でした。でも、それでよしとしましょう。物事を別の面から見る必要もあります。必ずしも結果が伴う必要はないと思いますよ。日本がどの程度プレーできるかが分かりましたし、次に何をすべきかが見えてきました。最後になって、「なんでこんなことができなかったんだ?」と後悔したくないのです。つまり、現状に満足することはない。サッカーは人間と同じで限界はないのです。それにサッカーはポジティブなスポーツですからね。
Q 巻と我那覇の評価について
O 二人に得点力不足の責任を押しつけるわけにはいきません。チームの得点力不足は、全ての選手に責任があります。つまり得点力不足は巻と我那覇だけではなく、全員で担うように導く必要があります。なぜならFW以外の選手も得点を決めはじめると相手は、対応が難しくなるからです。そしてFWもプレーしやすくなります。一方で、見落としていることはないでしょうか?日本が守備に入るときに守備の得意な巻が最前線で相手の攻撃を遅らせたりボールを奪ったりする、彼の献身的なプレーは後ろの選手にとって大きな助けになっています。それから役割分担の話になると我那覇も、もうちょっと守備をやってくれればいいんですが、まあ、タイプの違うこの二人を強引に比べたくはないんですがね。二人がこの番組を見ているなら、得点力不足で、そんなに心配しなくてもいいと言いたいですね。なぜならチームが得点力不足に悩んでいるというのは簡単ですが、そういう際に全員が、その理由を自問するべきです。GKまでもが「自分がどうして得点力不足なんだ?」と自問するべきですよ(笑)
Q 最初の就任の時から長い目で見ているようだが、その長い目について話してください。
O 多くの人は、すぐに目に見える形での進歩を求めます。でも、そうした考えはサッカーにとって不都合なのです。サッカーにおける進歩というのは、たまに見る人にしか気がつかないものなのです。いつも側にいて、注意深く観察している人にはチームの進歩が見えないものなのです。親が子供の成長に気がつかないものと同じことですよ。成長に気がつくのは久しぶりにその子を見た人です。選手についても同じことが言えますね。ある選手を毎日観察してきた人は、たぶん、その成長には気がつかないでしょう。例えば、15日に一度、選手を見る人の方が、他の人よりも成長に気がつきやすいものです。日本代表については一歩ずつ前進しようとしか言いようがないです。そういうことはトルシエ監督も言ったでしょうし、ジーコ監督も言ったことかもしれません。将来の監督も私と同じことを言うでしょう。
Q 試合の中で90分をどのように考えるのか聞かせてください。
O 全て試合に勝つことができるという自信を持たせることが必要です。そうふるまうことが必要です。どんな方法で勝つかは様々ですよ。第一にしなければいけないことは選手に「チャンスはある」と信じさせることです。次に考えることは「勝つ手段」です。どうやって勝つか、どうチャンスを作るかということです。次にすることは対戦相手についてよく知ることです。選手によくアドバイスすることですが「対戦相手の立場から自分のチームを眺めてみろ」ということです。敵が我々のチームをどう見てるのか、それをイメージさせるのです。例えば、サウジ戦では、私自身もそうしたし、選手自身もそうさせたのですが、「ある場面で相手が日本のプレーに関してどう考えるかイメージしろ」と言いました。加えて監督が何を考えてくるか、それをイメージしろとアドバイスしました。それに「失うものは何もない。アジアカップの予選は必ず通過できるだろう」と励ましながら、サウジはこうやってカウンターを仕掛けてくるだろうが、こういう攻撃パターンもあるかもしれないということについて話合ったのです。サウジは日本に何ができて何ができないか知っているとも話しました。こうした作戦がどれだけ成功したかは分かりません。個人的には成功したと思っていますがね。大事なのは、選手が、監督に頼り切る状況をなくすことです。選手に自分の頭で考えさせること、それが一番大事な点です。監督の中には、「自分が全部の選手のために考えてあげているのだ」と思いこむ人がいるからです。そういう考えの人に私は与することはできません。私のやり方とは違います。本来、クリエイティブなプレーは選手自身から生まれるものです。そのために選手の自由を尊重しなければいけません。そうした自由抜きにはいいサッカーはできません。将来に向けて大事なのは、一歩一歩前進しようということです。つまり選手達に上達の余地があるということを分からせることですねえ。例えば、試合中に、ちょっとした変化が見られるようになりました。具体的に選手の名前は言いたくはありませんが、何人かの選手は、ある試合で私の要求に応えられませんでした。フィジカル面に問題があったのではなくメンタル面での準備ができていなかったのです。しかし、次の試合では。ある程度順応できるようになりました。選手によって、話し合いで解決することができますが、選手によっては、より厳しい対処が必要な場合もあります。それはつまり、その選手を次の試合に出さないこと。前の試合での出来が悪かったと分からせるためにです。そうすれば、その選手が次の機会に与えられた時に、その要求に応えるのは確実です。選手のパフォーマンスを改善するためには二つの方法がある訳です。話し合いを通じて適切な指摘をするか、「あなたは次の試合には出さない。次は呼ばない」という不愉快な態度を取るのか、どちらかです。私は、このやり方が好きではありませんが、たまには選手に改善の必要を理解させるため、監督はそんな方法も取らないといけません。もちろん、私はチームから誰も閉め出すつもりはありません。選手達にそういう厳しい対処法があることを意識して欲しいのです。
Q ベンチでは、結構、「何やってんだ?」という表現をしているが、記者会見では、あまりないが、それはどうしてか?
O 私のポリシーというわけではないですがね。自分のポリシーを貫くのは政治家だけでは十分ですよ。自分の振る舞いを説明するのは難しいですね。なるべく自分をコントロールするようにはしてますよ。選手はメディアからのコントロールを嫌うものです。ここ日本では特にそうですね。もちろん日本だけの問題ではないと思いますが、公の場で、誰かを批判することが好きなひとはいません。そのことはジェフ時代から分かっていました。プレーやピッチでの態度に関して、批判されたら、誰だって不愉快になるでしょう。そういった批判は公になる前に、チームの中で解消すればいいのです。難しいことではありますがねえ。私自身の旧ユーゴ代表での経験に関して、選手に話したいと思っていました。できるだけ直接的な方法でね。でも通訳を介してしか説明できないのはもどかしいです。日本の選手はみな批判に関してはナイーブですから。その批判がどれだけ真剣な批判であっても。また批判を受ける選手がどう解釈するかに関わりなく、通訳が私の批判を正確に通訳したかに関係なく、日本の選手は批判に関してはナイーブに反応します。私は、そういうことを日本で学んだのです。だから、私は選手にとって不愉快な批判はできるだけ直接その選手に伝えるようにしています。選手が喜ぶ方法なら、どんな方法でも良いと思いますが、不愉快な批判には説明を要するのです。そうした批判は結局、本人のためでないといけません。
Q アジアカップに向けて
O 今年はアジアカップ本大会でできるだけ長く戦えるよう願っています。いいプレーをして、一次リーグを突破して先に進むことができればいいですね。でも敗退することもありえます。15日間で決着がつくかもしれないし、30日間戦い抜くことができるかもしれません。それは誰にも分かりません。大会に備えて親善試合ができるといいのですが、日本に来てくれる相手チームのために十分時間を作ってやらないといけませんよね、ですから大会に備えて、これだけの期間で十分だということはありません。アジアカップが行われるベトナムで最初のカタール戦の前に1週間程度の合宿をする時間は取れるでしょう。また7月、J1のリーグ戦は中断していますから、その時に親善試合ができるかもしれません。そうすればベトナムで戦う一次リーグの準備ができるでしょう。まとまった時間が取れるのは、その期間だけですね。状況は改善されていますよ。選手のことをよく知ることができましたし、選手にしても、私のことをよく知ることができたと思います。問題は選手自身のメンタル面の管理です。代表選手は二つの義務を負っています。一つは大会に向けての準備です。代表選手が大会を無視することはありえません。また所属するクラブでのプレーや練習もおろそかにはできません。そしてもう一つの義務はアジアカップが終わり、その先に待ち受けているW杯に向けて心の準備をしておくことです。全ては自分自身で準備をしなければいけないのです。以上が私の言う二つの義務。つまり私の二つの要求と言ってもいいのではないかとよいでしょうか。選手が、それに応えることができるかどうかということですが、私はできると思います。
Q 2010年のW杯について
O 目標は、そうですねえ、遠くもあり、近くもあります。目標を達成することは難しくなっています。なぜなら、全ての国が進歩を遂げているからです。「自分達こそが本命だ」と思っていても、手強いライバルチームがあることを認める必要がありますね。もし、W杯出場を決めることができた場合でも、それで終わりではありません。新たな目標設定に迫られるのです。ドイツ大会を例にとれば、最初は予選突破そのものが目標だったのですが、出場を決めた時に、その目標が変わりました。日本代表と国民はW杯での成功を期待するようになったのです。ですから、ドイツ大会の一次リーグで敗退が決まったときに、多くの日本国民は驚くと同時に不愉快な思いをしたのです。次のW杯では、こうした経験をしないようにする必要があります。まず何より、南アフリカ大会への出場権獲得を何よりも大事な物として目標を設定すべきです。そして目標を達成した後に、冷静に考えていくべきだと思います。つまりW杯には二つの段階があるわけです。その段階を飛ばさないようにしましょう。
Q 「サッカーは人生と似てる」と言われますが、どこかどう似ているのか?
O 人生がサッカーを創造したのであり、その逆ではありません。私はサッカーを愛していますから、その逆だったらいいのにと思うことがありますが、人生がサッカーを創造したのです。サッカーができる時間は限られています。その短い時間の中で学ぶことはたくさんあるだろうし、学べないこともあるでしょう。人生にもサッカーにも成功や失敗があります。栄光もあれば耐え難い挫折に襲われることもあるでしょう。でもそれが人生というものでありサッカーというものであります。サッカーは集団スポーツです。自分を犠牲にしてピッチを走り回る選手がたくさんいるという事実が、今、忘れ去られているようですね。そうした選手は人々の話題にはなりませんが、それでも彼ら走ってプレーし続けているのです。ですから何であれ、何かの役に立ちたいと思ったときに、私が今言ったことを思い出してください。脚光を浴びる人もいれば縁の下の力持ちの人もいるということです。サッカーは人生そのものだと思いますね。

我々は皆、成功を望んでいます。それだけの能力があると思います。果たして成功するかは、また別の問題ですが...。我々が最大限尽くすことを約束いたします。

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