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2006年7月 3日 (月)

7/3滞在記、ケルンにて

観光と奥寺康彦氏の写真を拝みにケルンへと向かった。まずはケルンの大聖堂の中に入る。最初のヨーロッパの旅でバチカンを訪れているため、あの時の圧倒されるような感じまでは受けないが、やはりすばらしい。ここの最高の権威づけは「東方の三人の博士の聖遺物」があることらしい。しかし、その宝物はかなり遠くから眺めるだけだった。そういうものはキリスト教徒でない自分にとってはどうでもいい。権威のある教会には、崇高な宗教心によって生まれた芸術作品がある。これを見るのが異教徒にとっては一番の楽しみだと思う。個人的にはケルンではロホナーの「ケルン市の守護者たち」が良かった。さらに、大聖堂の上まで登ったため、これだけで3時間かかってしまう。
前回、来た時には気がつかなかったが、大聖堂の横には、ケルンのファンフェス兼PV会場があった。しかし、試合がない日で中はガラガラだ。その近くの屋台でも、残っている負けたチームのタオルマフラーを「5ユーロ、セール品」で売っていた。
そこを通り過ぎ、ローマ・ゲルマン博物館へ向かうが、月曜はやってなかった。ローマ帝国時代から、大きな体躯と強靱なフィジカルを持つゲルマン民族はイタリアにとって脅威の民族だった。その歴史はフットボールの世界でも引き継がれていると言えるだろう。ローマ人は、彼らの侵入を防ぐため、ライン川とドナウ川に防衛線を築いた。そのライン川防衛線で最も重要なのが、このケルンなのだ。明日の決戦の場所はドルトムント、ヴェストファーレン。ドイツ国内でアウェイチームに最も圧力をかけるこのスタジアムは、ライン防衛線の外側に位置する。ローマ帝国時代でも完全にアウェイなのだ。この困難な場所でドイツに勝ちW杯をイタリアにもたらせば、リッピはローマ帝国時代のように「ゲルマンを制した皇帝」と呼ばれ、ローマに凱旋することができるはずだ。またリッピはユベントス時代のチャンピオンズリーグ決勝、ミュンヘン(場所は定かではないが、間違いなくドイツ国内でした)でドルトムントに負けた借りを返す時だと心ひそかに思っているだろう。いずれにせよ、イタリアにとっては最も難しい試合になることだけは間違いない。
ケルンのスタジアムへ向かう。やはり月曜は博物館やファンショップは休みのようだ。せっかくなのでスタジアム周辺を歩く。祭りが終わった後のスタジアムは、少しもの悲しいように感じるが、それはきっとビジターである自分だけの思いなのだろう。FIFA関係以外のスタジアムに止まっている車のほとんどには1FCケルンのマスコットやタオルマフラーがあった。W杯が終わっても、彼らとスタジアムにはサポートするクラブが存在する。奥寺氏の写真は拝めなかったが、そのごく当たり前のことを確認できただけでも、来た甲斐が
あったような気がした。

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