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2006年6月22日 (木)

6/22滞在記2、ドルトムント行きを断念..。

ドルトムントへ向かうICE乗車10分後、猛烈な寒気が襲ってくる。他の人が半袖一枚なのに、自分はトレーナーなど着込んでいて寒いのだから、間違いなく熱があるらしい。悪寒がしてしょうがないため泣く泣くドルトムント行きを断念、ケルンで途中下車してフランクフルトに戻り医者に行くことにする。
フランクフルト中央駅でカード会社の海外トラベルデスクに電話、紹介してもらった日本人の女医さんの所へTAXIをとばした。フランクフルト日本人学校の近くの病院でTAXIで11ユーロほどかかる。結構、ドイツ人の患者も来ていたから腕は良さそうだ。診察の結果、どうやら強い細菌性(サルモネラなど)の下痢らしかった。熱も37.8℃ほどある。点滴を受けると、腹の張りや熱もかなり引いたようで楽になった。帰り際、女医さんは「今日の日本の試合9時からだったかしら?楽しみにしてるのよ」と言った。「がっかりするかもしれませんよ」と返すまでの余裕はなく、礼を言ってアパートに戻った。治療が終わったのは19:30、完璧に間に合わない。

両国国歌演奏の時に、かなり気分が滅入る。昨日の時点で医者に行っていれば、このヴェストファーレンスタジアムにはどうにか行けたはずなのだ。完璧な判断ミスだった。まるでオウンゴールとGKへのパスミスで2点献上したDFのような気分だ。
試合の方は、ジーコジャパンのこの4年間の成果を象徴するように完敗だった。放送したZDFのゲストはペレとGブッフバルトだった。ペレは日本について聞かれると10秒ほどコメントしただけだった。(ギドは20秒ほど。おそらく日本の事情を少し付け足したのだろう)。あとはブラジルのことや次の対戦相手のガーナの話に話題は移っていった。「世界を驚かそう」というジーコの目標は全く果たされないまま終わった。そして川淵キャプテンが監督にジーコを選び支持し続けたことも失敗だったことが証明された。(とりあえず、せっかく協会の金を使ってドイツにいるのだから、まずはデュイスブルクのスポーツシューレで5時間ほど正座して反省しまずは初心に帰ってもらいたいものだ。ドルトムントからは鈍行列車でも30分ちょいでつくのだから)。8年前に日本サッカー協会が得た教訓は「日本人監督ではまだダメだ」ということだったみたいだが、今回は「選手として世界的な経験があっても監督経験のない外国人でもダメだ」ということなのだろうか。しつこいようだが、もう一度だけ書きます。8年前、水をかけられたのは城だったが、今回はジーコでも選手の誰かでもない。それは間違いなく川淵キャプテンである。
ジーコが結果にこだわり続けた結果、南アフリカ大会で中心となるべき選手(今野、松井、長谷部あたり)にはアジア予選もW杯本戦も経験を積ますことができなかった。次の監督には若手を育成し経験を積ませながら、オーストラリアが加わって厳しくなったアジア予選を勝ち抜ける経験豊富な外国人監督が必要だろう。そう、まるで8年前と変わっていない。(ただし規律と自由のバランスがトルシエほど規律に偏ってないほうがいいだろう)
この4年間、日本代表は監督の選択間違いによって進化できなかった。海外を経験した選手は増えた分、8年前よりは進化してるかもしれない。しかし、2002年のトルシエジャパンと2006年のジーコジャパンを比較すると結果も内容も退化してしまった。(選手の質と経験値は増えたにもかかわらずだ)。ジーコジャパン後遺症は、あとあとまで効いてきそうで怖いところだ。

ともかく日本の2006W杯は終わりました。体を治して、明日からは、参加国サポではなく傍観者としてドイツW杯を楽しむことにします。しかし「I need Tickt」やってると、他国のサポからは「日本負けたんだから、とっとと日本へ帰れ」とか言われそうだな..(苦笑)

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