観戦記、6/30ドイツ対アルゼンチン(1-1,PK4-2)
チケットでアルゼンチン人にだまされたが、やはりアルゼンチンの方を応援することにして席に向かう。隣はアルゼンチン人の中年婦人だが、逆側にはブンデスリーガのどこかのサポらしいドイツの男5人組だ。上半身裸のマッチョ軍団でタトゥーも入っている。後ろの観客から「座って見ろよ!」と言われるが、逆に「これはフットボールなんだ。お前らこそ、立ってドイチェラントを応援しろ!」と一喝しかえす。小心者なので、ドイツの方を応援してるふりをすることにした(苦笑)
試合の方は、高さ対策でコロッチーニを入れたアルゼンチンはまず慎重な立ち上がりを見せる。当然のようにドイツが攻め込み、アルゼンチンが受ける格好になった。しかし、アルゼンチンのしぶとい守備が、徐々にドイツの勢いと運動量をそぎ、試合は降着していく。(主審の判定はややドイツよりかなというぐらいか)アウェイの戦い方としては前半0-0はまずまずの結果だ。そして時間とともににアルゼンチンのペースになっていったように見える。
そして後半5分、コーナーキックからアジャラがヘッドでドイツゴールにたたき込んだ。
ゴールの後しばらく、マッチョ軍団は呆然として動かない。およそ5分、ドイツサポの動きが止まる。「ドイツサポのゲルマン魂もたいしたことないな」と思ったが、ようやく思い出したかのように「ドイチェラント!」コールを始めた。それは徐々に加熱し祈りへと変わっていくかのようだ。
それに呼応するかのようにドイツの動きが活発化し、アルゼンチンを押し込み始めた。その勢いに「さすがにドイツ。このまま黙っては終わらないな」という予感が走る。2002年宮城での日本対トルコとは様相が全く違う。クリンスマンもオドンコール、ボロウスキを投入。さらにドイツが加速しはじめた。まさにホームでリードされた時の戦い方だ。しかし、アルゼンチンも隙を見て、Mロドリゲスが決定的なシュートまで持っていく。しかしドイツにとどめを刺すことができない。GKアボンダンシエリの負傷退場の後、70分頃、ペケルマンはリケルメを下げカンビアッソを投入し守りに入る。時計を見たらあと20分ある。早すぎる。いやな予感がした。フランスW杯最終予選の国立での韓国戦、ロペスに代えて秋田を投入した時と同じ予感だ。そして3人目の交代、クレスポに代えてフリオ・クルスの投入。切り札メッシをもう使うことができない。いやな予感がさらに増幅した瞬間、クローゼの同点ゴールが決まってしまう。
同点ゴールの瞬間、マッチョ軍団の所へさらに5人ほど集まり、すごい勢いで抱き合い体をぶつけ合い喜びを爆発させている。スタジアムの8割ほどを占めるドイツ国旗が全力で振られている。デジカメとPCと身の危険を感じて、アルゼンチン婦人の方へ避難する。2002年、あの時の宮城では選手もサポもホームの利を生かし切れなかった。やはりドイツと日本では歴史が違うようだ。
同点後、フルスロットルだったドイツの勢いも少し減退する。延長後半に「さすがにPKはまずい」と思ったのか、かなりアルゼンチンがかなり攻め込むがドイツも粘り強く守りきる。お互いゴールが入るとしたらセットプレーからしかない感じに変わっていく。90年イタリア大会、アルゼンチンは控えGKだったゴイコチェアの活躍で2試合連続PK戦を制し、準決勝で地元イタリアを地獄に落としたことを思い出したが、ゴールマウスに立つレーマンとフランコの発するオーラの格の違いに、その予感はすぐに消えてしまった。結果的に、ペケルマンは、詰め将棋で言えば、王将の詰め方を間違ったように思う。ただし、これは結果論でしかない。本当のアウェイでは、名将の采配も狂わせてしまうのだろう。
マッチョ軍団はいつのまにか20人ほどに増えてアルゼンチン側のゴール裏の中心で勝ちどきをあげている。実力的には格下相手の敗戦にアルゼンチンサポは座り込んで動けない状態だ。おそらく自分に古いチケット売った奴も、このスタジアムのどこかで呆然としていることだろう。非常に個人的だが、そのこともアルゼンチンが負けた原因の一つに思えてならない(苦笑)。スタジアムではゲルマン民族の祭りが始まっていた。もう一度このベルリンにドイツ代表が戻ってきた時、彼らを待っているのは、ドイツ人たちの狂熱にも似たサポートだろう。「ホームゲームとは何か?」、そのことをドイツは教えてくれたような気がする。
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